第四話 Independence ―守護契約―

 

 本部時刻十五時半。

 通常管理局職員は本部時刻で時間を認識する。本部世界は一日が二十四時間で職員は三交代制の二十四時間体制。評議会議員だけは一日交替で一人ずつ本部に詰めることになっている。

 議員控室前で、アルトはかれこれ十分以上も躊躇していた。

「……くそ、情けねーな」

 自分を罵りながら、アルトは手にしたそれに目を向ける。ゲートパス。

 アルトの持つパスはランクA。通常のランクAより転送箇所が限定されているパスだ。アルトに付された条件は学院と本部、自分の所属する世界の三か所だけを自由に行き来できる。

 アルトは、クオルの弟として生きることを決めた。だからこそ、この条件ではいられない。本部へ出向いた以上、後ろへ戻ることは出来ない。そのために、シスにさえ黙って本部に来たのだから。

「いつまでそこに突っ立ってる気だ?」

「なっ?!」

 呆れた様子の声に驚き、振り返る。

 青いケープを纏う姿は見間違いようのない、アルトの父親だった。その傍らで口元を抑えて笑いをこらえる雪桜がいた。

「水虎も声かけるか数分悩んでいたのだし、おあいこじゃないかな?」

「雪桜、余計なことは言わなくていい」

 はいはい、と気のない返事でにやにやとした笑みを浮かべて、雪桜は黙る。

「……で、何の用だアルト」

 アルトはつばを飲み込む。今日の当直は、父で。そしてアルトは父に会いに来たのだ。パスについて、相談をするために。

「こ、れっ!」

 びっ、とパスを突きつける。不思議そうな顔をした父に、アルトは叫ぶように言う。

「パスの条件、変えてほしくて、そのっ、相談に来たんだよっ」

「……相談?」

「増やしてほしいとこが、ある」

 微かに、父の表情がこわばったことに、アルトは気づいてばつの悪い表情を浮かべた。

――これはきっと、父に対する最悪の反抗だろうから。

「何のために?」

 当然の返答だった。アルトは目をそらしたくなる衝動を必死に堪える。手のひらを強く握りこんで答えた。

「親父が、知ってるかどうかは知らないけど。俺、クオル・クリシェイアって人に会って……俺は、その人が、今……兄貴だから」

 父の表情に、少しだけ影がかかったような気がした。

「まだ、お前は……そんな事を、言ってるのか」

「俺は……兄貴を思い出せない。思い出そうとすると、気持ち悪くなって、頭痛くて、何も考えられなくなる。……最低だろ。俺、あんだけ兄貴を失いたくなかったのに。兄貴の最後を……俺、覚えてないんだ」

 泣き笑いのような表情を浮かべアルトは言う。父は、痛ましそうに目を細めた。それを振り切るようにアルトは続ける。

「だからってわけじゃない。俺は、あの人だからこそ弟になりたいって思った。一緒に、立ち向かえるって思った」

「……」

「もう、水虎になることから、逃げねーよ。だけど、俺は理由もなしにそこには立てない。兄貴が安心して前線で戦えるようにする。それが俺が水虎になる理由だ」

「それだけのために、お前は世界を背負う覚悟を決めたのか?」

 父の問いかけに、アルトは迷わず頷いた。

「上っ面だけの世界を守る議員に、俺はなりたくない。ドゥーノと約束したんだ。俺は……信頼を裏切るわけにはいかない」

 監査官は、誰より傷ついていることを、知ったのだから。

 世界と監査官を守る。それが本当の議員の役目だとアルトは感じていた。そして、そういう議員になることこそ、最大の恩返しだと思うのだ。

――自己さえ満足に与えられず、消失の運命を背負わされたかつての兄と、自分の命すら道具でしかない、自分を受け入れてくれた今の兄に対しての、最大の……恩返しだと。

「良い答えだ、と言ってあげたいところだけど」

 答えたのは父ではなく、雪桜だった。雪のような白髪を揺らして、アルトに歩み寄ると、つい、とアルトに顔を近づけて冷たく笑った。

「アルト、勘違いしちゃあ、いけないよ? 議員が議員たるにはそれ相応の能力を必要とされる。だから、分離状態のキミじゃあ議員にはなれなかった」

「……俺は、お前と話してんじゃねーよ」

「たかだか中級程度のランクで、ランクAパスを使わせてもらってるだけ有難いと思うべきだね、アルト。剥奪されても、文句は言えない」

「っ……」

 冷笑する雪桜をアルトは睨み付ける。反論する言葉がない。

「……昇級すれば文句はねーんだな?」

 その通り、と言ってすっと離れた雪桜は立ち尽くす父へ目を向けた。

「上級前期。せめてそこまでは上がってもらいたいものだね? 水虎」

 水虎たる父は黙って……しかし躊躇を見せながら頷いた。アルトはどこかほっとしていた。無条件に要望を呑まれても、素直には喜べないのだ。

 アルトは、自分で守ると決めたものをやっと、見つけることができたから。

「俺はもう、逃げないために……決めたんだ。兄貴を守ることを。兄貴と……一緒に歩くことを」

「アルト……」

「それを誰にも邪魔なんてさせねーんだよ」

「心意気や良し。あとはそれに足るだけの能力があるのか見せてもらおうか」

 知らない声が聞こえ、一瞬その場が停止する。

 す、とその姿が滲む様に現れる、人間と同じように背筋をのばした、黒いローブを着こんだ猫。

「だ、れだ……?」

 猫はアーモンド形の金色の目を細めて、一礼する。

「王の柱のうち、二の柱『夜(よ)闇(やみ)の幻影』……名を、エリス」

「エリス……?」

「水虎の後継者、君の昇級試験私が引き受けよう。代わりに、その破滅の力を私に見せてほしい。……その力の主が、私を制御するにふさわしいか見極めるために」

 漆黒の法衣を纏う黒猫。その金色の瞳が怪しく輝いた。

 

◇◇◇

 

 昇級試験が開催される時間は通常決まっている。しかし、エリスはそれを無視して、アルトを試験会場へと案内した。

 雪桜と水虎は何も言わずにそれに随行する。証人という立場もあるだろうが、一番は興味、な気がする。特に雪桜は。

 真っ黒な法衣が床ギリギリで舞う。エリスは音もなくアルトの先を歩いていた。

 その姿はどこか境界が曖昧で、目を離せばすぐに消えてしまいそうなほどだった。存在感が、薄い。だが肌で感じる魔力は圧倒的だった。

 夜闇の幻影、エリス。王の柱にある二柱の一つ。ゲートを稼働させるエネルギーの源泉にして、王の片腕。アルトの知識はそれが限界だった。

 そもそも、その存在が実在して、まさか自分の目の前にいるとは思わない。

「ここなら良いだろう」

 エリスが足を止めた。第三試験場、と書かれた扉がエリスに反応してゆっくりと開いていく。

 室内はグレーのタイルが敷き詰められた、平坦な部屋だ。入口から向かいの壁まで30mほど。広くはない円状の部屋。試験場の通常スタイルだ。

「では試験開始と行こう」

「合格条件は?」

 中央の位置まで進んでいったエリスと、ある程度の距離を取りつつアルトが問いかける。

 すでに雪桜たちは防御結界を張った状態で待機していた。

 エリスはしばしその大きな瞳を閉じた。

 ゆっくりと目を開く。金色の瞳はアルトの青い瞳を見据えて、告げた。

「……納得のいく答えを、私に返してほしい」

「それだけ……か?」

「まさか。君は、監査官であり、議員となる存在だろう?」

 エリスの瞳が細められ、口角が不気味に上がる。

「これらの相手をしながら、私を納得させてもらおう」

 エリスの周囲に漆黒が滲みだし、影が形を作った。獅子と怪鳥の姿をした影が、現れる。

「答えてもらいたい。……君は、世界を守ることが世界を崩壊させることと同義だと言う事を、どう思う?」

 それは謎かけでも何でもなく、エリスの存在意義、そのものを問いかけていた。

 アルトがエリスの質問意図を考える暇もなく、鳥が舞い上がり、獅子が突撃してくる。

「考える時間くらい、寄越せってんだよっ!」

 そう吐き捨て、アルトは迷わずその手に杖を握った。滅多なことがない限り使わないと決めていた、自分の武器『アヴィアスター』。

 杖を構え、叫ぶようにその呪文を紡ぐ。

「大地の章!!」

 どんっ、と獅子の加速エネルギーがアルトの張ったシールドへ叩きつけられる。アルトは視線を上に向け、直上から襲い掛かってきた鳥へ注意を向ける。

「俺だって、昔のままじゃねーからな」

 口元に笑みを浮かべ、アルトはシールドを解除する。

 同時に、アルトの周囲で爆炎が沸き起こる。熱風が駆け抜け、一歩も動いていないエリスの黒衣を揺らした。

 炎を警戒した獅子と鳥がエリスの傍まで戻る。

 ふっと炎が消え、アルトが姿を現す。額に浮かんだ汗をぬぐって、アルトはエリスを見据えた。

「なんだよ、その試験条件。力を見せろって言ったんじゃなかったか?」

「戦闘力が私の言う力だというならばそれは誤解だ。潜在能力、精神力、魔力、戦闘技術。それら全てを含めて力というものだ」

「何だそれ」

「……もう一度言おう。世界を守るために、世界を壊すこと。それをどう思う?」

「何で、そんなこと聞く」

「私は、私の契約者を探している。私の能力を正しく制御する者を」

 エリスの言葉の意味が、よくわからなかった。すなわちそれは、王ではないのか、と。エリスの言う契約者が王でないとしたら、王は一体何をするのだろう。

 ただ――今はそれを考えている時間じゃない。

「世界を守るために世界を壊す、か。……そうだな」

 杖を握り直し、アルトはエリスに不敵な笑みを向けた。

「とりあえず、考えてやるよ。……それまでは、そいつらの相手だ」

「それでいい」

 満足げにエリスが微笑み、再び影がアルトへと襲い掛かった。

 殺意の宿る一撃をかわし、あるいは受け止めて、アルトは二体の相手を続けていた。隙あらば、思考しながら。

 世界を壊すことが、世界を守ることにつながる。ドゥーノは言っていた。

 世界には魂の数が決まっている。そして世界が持つ、魔力や妖力などのエネルギーの限界も決まっている。世界ごとに差はあれど、限界がある。

 それが尽きたら、世界は消える。それが緩やかな破滅。

 しかし逆を言えば、限界が来なければ、永遠にその世界は存在することができる。

 もしも、それを実行するとすれば……世界のエネルギーが底をつかないように補充し続ければいい。他の世界から、かすめ取るなりして。

「王の柱を中心としたこの世界構造も……きっと限界量が決まってる」

 ぽつりと呟いて、アルトは爪を振り下ろした獅子へと、氷柱を叩き込む。勢いを殺した獅子の一撃をかわし、滑空してきた怪鳥へ雷撃を放った。

「だとしたら、産み落とし続けることもできない。そうなったらそうなったで、世界が溢れかえって、今度は潰れるのが落ちだ」

 グレーの床に落下した怪鳥が痙攣したようにびくびくと身を震わせ、やがて形を維持しきれず黒い霧となって消えた。

 獅子はアルトに狙いを定めながら、聞こえない唸り声をあげていた。

「破壊は、仕方ない。……だけどっ!」

「ふむ」

 飛び掛かった獅子から逃げることなく、アルトは対峙した。

 獅子の爪がアルトの右腕を引き裂く。しかしアルトは獅子の腹に杖先を密着させて、笑った。

「捕まったのは、お前の方だ」

 血のにじんだ腕と、額には脂汗を浮かべながら、アルトは魔法を発動させる。

「破壊の連章!!」

 青い杖が錆び色の光を帯び、次いで、光が獅子の身体を貫いて爆発した。

 錆色の光がひらひらと舞い落ちる。肩で息をしながら、アルトはエリスを睨み付け、言う。

「壊すことは間違いなんかじゃねーよ。だけど、その罪はお前ひとりのもんじゃねーし、ついでに王のせいでも、契約者のせいでもない。そういう仕組みなんだ。……それをとやかく言って、お前らを悪く言うような奴らは俺が絶対に許さねーから」

「……なるほど」

 くす、とエリスが笑った。アルトは痛む右腕を庇いながら、エリスに問う。

「満足か?」

「……いいや。ただ、君は本質を本当によく見抜く」

「どーいう意味だ」

「自分が契約者ではないことを、悟ったうえでの回答。議員としての、君の在り方というものを理解できた」

「俺は、まだ議員じゃねーし」

 ぼそりと呟くと、エリスは首を静かに振った。

「いずれ、なるのだろう。そして君の参入は、きっと議会というありかたを変えるだろう。……期待しているよ、次期水虎」

「……水虎は肩書だ。俺は、アルトっていう名前が……ちゃんとある」

「まったくその通りだ」

 苦笑したエリスに、アルトは肩の力を抜いて、しかし不貞腐れた表情を浮かべる。

「……つーか納得してないんだろ。……試験としては駄目だな」

「いいや、君の監査官としての能力は十分に高いと判断できる。規定レベルには到達しているよ、アルト」

「……あんま嬉しくねーな」

「何故?」

 尋ねたエリスから目をそらすようにアルトは視線を伏せる。

「俺は、別に命を奪う能力を磨きたいわけじゃない。監査官に必要なことだってのは分かってるけど。……俺は人の命を奪うの、嫌なんだ」

 根底にくすぶるのは、失った兄への思い。

 ふ、とアルトは落としていた視線を上げ、エリスに問いかけた。

「エリスの言う契約者は、兄貴なんだろ」

 そう問いかけたアルトに、エリスは答えず瞳を向けただけだった。

「兄貴なら……あれだけの力を持つ兄貴なら、きっとエリスだって制御できる。頭だって切れる。……なのに、なんでこんなまどろっこしい事するんだ?俺は関係ないだろ」

「……確かに、彼は契約者に最適ではある」

 静かに肯定し、エリスはアルトへと一歩ずつ、歩み寄る。

「だが、ある一面では圧倒的に脆い。……君も気付いているはずだ。彼の心はまだ、未来に向かってはいない。過去にしか、向けられていない」

 ぎゅ、と手のひらを握りしめ、アルトは顔を伏せた。

「それは未来を見据えたときに、潰れかねない脆さだ。だが……今は、君という存在がいる」

「え……?」

 顔を上げると、真っ黒なシルエットが目前にいた。エリスの黒い毛並みと、金色の瞳は全てを飲み込みそうなほどだった。

「君は過去に目を向けられない。だから、未来だけを見つめられる。そして、アルト、ヒトというものは、未来を見つめられるからこそ、生きていくことができる。生きるということは未来へ進むことだ」

「……えと」

「アルト、君がいる今なら……彼は、そう易々と潰れなくなったという事だよ」

 そう笑んだエリスに、アルトは息をのんだ。自分が、クオルの支えになっている、とエリスは告げたに等しい。そんな事、思いもしなかった。

 ただ、自分が思ったことを願ったことをしただけで。

「あーちゃんっ!!」

「へ……」

 すっかり聞きなれた声と呼び名に目を向けようとして……右肩を掴まれた。

「っ痛ぅぅ?!」

「何で知らない間に勝手に出かけて怪我こさえてんのさ……説明してもらうよ……?」

 ひどく冷徹な声だった。そろそろ目を上げると、シスが笑顔で、怒っていた。

「えと……その、……つーか痛い。離せ」

「へー……そういうこと言うかぁ」

「痛い痛いッ! マジで痛いんだってのっ!」

 今だって血が出てるだろ、と反論しながらアルトはシスに訴えるも、シスは肩に余計な力を込めるだけだった。本気で、怒っていた。

「アルトっ! ここに居たんですか?! って、怪我してるじゃないですか!」

「あ……兄貴……」

 ぱたぱたと走り寄ってきた姿に、アルトは目頭が熱くなる。クオルが来ると同時にシスがようやく手を離す。クオルがアルトの傷口に手をかざして、目を閉じる。すぐにも傷はふさがって、痛みが引いていく。

「……ありがと……兄貴……」

 するとクオルは、泣きそうな表情を見せた。

「黙って、出て行ったから……心配したんですよっ……」

「あ…………」

「次は、怒りますからね?」

 泣きそうじゃないか。そう言い返したかったが、喉が張り付いたように言葉が出ない。謝ることさえ、出来ない。

「アルト……?」

「一緒に、兄貴と居たかったから……俺……」

「……パスなんてなくても、僕が連れてってあげるのに」

 どこか寂しそうにシスが言うと、クオルが合点した様子で心配そうにアルトを見やった。アルトは首を振って、返す。

「俺は、自分の力でやりたいんだ。いつまでもお荷物なんて嫌だ。俺は兄貴と一緒に歩く未来を選んだんだから」

「そして、自分でつかみ取ったんでしょう?」

 そう割って入ったのは、ブレンだった。すっとアルトに一枚のカードと、小型端末を差し出す。意味が分からずそれらとブレンを交互に見やるアルトに、ブレンは苦笑を浮かべて言った。

「貴方へ、と。入口にいたお二人からです」

「え、あ!」

 父と、雪桜の姿はすでに室内にはなかった。

 代わりに残されたのは、通信端末と、書き換えの済んだゲートパス、ランクA。

 認めてくれた、瞬間だった。

(……ありがとう……親父)

 ブレンから受け取って、大切そうに握りしめるアルトに、クオルが嬉しそうに、安心したように笑みを浮かべた。

「……ところで」

 す、とブレンが視線を向ける。

「貴方は、誰です?」

 エリスを見据えて、どこか警戒した様子で尋ねた。

「エリス、という。世界の支柱の一つにして、その源泉だ」

「ゲートの源……ですか?」

 尋ねたクオルに、エリスは静かに頷くと本題を切り出した。

「単刀直入に言おう。私の、契約者となってもらいたい」

「契約者?」

「そう。世界の調律のうち、破壊を司る、契約者に。世界を守るために、世界を壊さねばならない私の力を制御してほしい」

「……壊す……」

 その言葉に、クオルが怯えない理由がなかった。一番のトラウマと言ってもいい。ブレンはエリスをすかさず睨み付けた。

「そんな事、させません」

「確かにつらい選択だ。しかし、その選択の先に、守れる未来がある。君の願いは……他人の幸福を守ることだろう。その身を挺してでも」

 エリスの言葉に、ブレンは非難の視線を、クオルは驚いた表情をそれぞれに向ける。その根底は、どちらも見抜かれたことに起因する。

「一つだけ、教えてください。……どうして、僕なんですか?」

「愚問だ」

 ふ、とエリスは笑みを浮かべる。

「君が私を呼んだのだ。君が心の奥底で一番願っている『力』の在処を知る手段として、私を」

 クオルはじっとエリスを見つめた。アルトはエリスの言葉の意味が不穏な気配をにじませていたことが不安でならない。

「……分かりました」

 あっさりとクオルが頷いて、アルトは慌てて止めようとしたが、ブレンに目で制された。ブレンが一番、苦痛に苛まれた表情を浮かべていたが。

 そうして、この日アルトは昇級し、クオルはエリスの契約者となった。

 運命の歯車は、この瞬間から加速を始めたのだ。

 

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