第五話 不穏

 

 雨音が一層激しさを増していた。窓が強風に時折怯えたような音を鳴らす。強度的な問題はないだろうが、いくらかは心配になるものだ。

 もっとも、今も高鼾で待機中のバルクにとっては些末な事なのだろう。

 レイルとしては肝の座った態度に多少は感心する。危機感も同時に覚えてくれたら最高の上司なのだが、いかんせんバルクには期待できない。

 特に地上での待機中は。徹頭徹尾、空しか頭にないのがバルクだった。

 

「……艦長、そろそろ起きてください。会議の終了時刻です」

 

「んあ……?」

 

 半開きの口から涎が零れ落ちるのではないかと、一瞬脳裏を不安が駆けたがバルクは大きく一つ伸びと欠伸をして、目を擦っただけで済んだ。

 気が緩み切っているのは今更どうしようもない。そしてレイルはバルクに対してここでの緊張感を期待していなかった。

 タッチパネル式の情報端末を操作し、時程を再確認する。

 今はノーゼンたち海軍の会議待ちだ。それが終わり次第合流して、司令部のミーティングへ参加する予定になっている。

 空き時間は僅か三十分。移動時間程度しか休憩時間はない。ノーゼンはともかく、バルクの時間の使い方はあながち間違いではなかった。

 地上と言えど、指揮官として自覚すれば相応の態度はとるのだから。その為の充電時間。真意はともかく、そうレイルは判断している。

 

「移動用の車両をすでに庁舎前につけてもらっています。艦長は先に乗車してください。俺がアイノ中佐を案内します」

 

「おー、そうだな。お、でも他の奴らはどーすんだ?」

 

「そこまで面倒は見きれません」

 

 断言したレイルに、バルクは呆気にとられた後、苦笑した。

 ここが空軍のみの基地であればレイルも多少は考えるところだが、ここは王都リグリスの基地だ。陸海空軍が集結し、各司令部、そして上級司令部に当たる統合司令部が置かれている基地でもある。自分たちの事は自分たちで手配すべきだろう。

 多少ダンダリアンが苦手なのもあるとしてもだ。

 

「まーあれだ、困ってたら助けてやれよ? 仲間なんだからよ」

 

「……了解しました。覚えておきます」

 

「おっし、じゃ行くか! 後は任せたぞ、レイル」

 

 ひらっと手を振って先に控室から出ていくバルクを見送り、レイルは降りしきる雨の映る窓を見やった。

 この雨は明後日まで続く見込みだ。自ずと航空作戦は延期になる。

 いずれにせよ、ノーゼンの持ち帰った文書で何かが動くのだろうと、一人レイルはため息をついた。

 こんなはずではなかったのに、と苦い思いを噛み潰しつつ。

 

◇◇◇

 

 日中に王立学校に居ないのは、実に不思議に感じているリリバスが居た。少し、あの空気に慣れ始めていたのかもしれない。

 穏やかで、争いとは無縁で、そして希望に溢れたあの空気に。

 視線を落とせば、自分の手に握られた、王立学校の希望を破壊する象徴のような、武骨な拳銃。

 引き金を引けば誰かを傷つけ、何かを破壊する。守るための武器であり、殺すための手段。

 奥歯を噛み締め、銃をホルスターに戻すと、リリバスは顔を上げる。

 昼間だというのに雨のせいもあってか暗い廃墟群。雨風が建物を揺らす以外の物音は聞こえないが、気配はする。

 生きた気配とは言い難い、別の存在が。

 

「さて、準備はよろしいですかロタ中尉」

 

 サンディと廃墟群を前に話し合っていたマイヤが、短い髪を揺らして振り返る。

 

「俺が留守番組って話だっけ」

 

 すっとマイヤの目が細められる。確実に蔑まれていた。

 貼り付けた笑みを引き攣らせながら、リリバスは首を振る。

 

「じょ、じょーだんだよ。冗談……すいません」

 

「ご安心ください。貴方に期待はしていませんから。そもそも後衛を守ることほど重要であると、未だに理解してらっしゃらないのですね」

 

「まぁまぁ、その程度にしてあげなさいな。リリバスは基本的には戦闘向きじゃないのよ。頭が特にね」

 

 むっとした表情で黙り込むマイヤとは裏腹に、リリバスは微妙な味方の存在にほっと胸を撫で下ろす。

 一回り近く違う年下の少女のほうが余程重要性を理解しているという事実からは目を反らしつつ。

 振り返れば、装甲車とカーゴ車が一台ずつ。待機組も着々と準備を進めている。装甲車の扉が開き、ひらりと降りてきたのはギルだった。

 ずり落ちかけたベレー帽の位置を左手で修正しつつ、右手にはリリバスの持つ拳銃よりもはるかに大きな、サブマシンガンを提げている。

 思わずリリバスは目を丸くした。

 

「あれ、ギルも出んのか? 珍しく?」

 

「そーですね。というか、いつも出てますよ」

 

「そーだっけ」

 

「後衛ですけどね。結構危ない橋なんですよ? 代わります?」

 

 にこにこと害のなさそうな笑みを浮かべるギルだが、言葉の端々に滲む威圧に、リリバスは首を横に振った。

 ギルは少しだけ意外そうな顔を浮かべたが、すぐにマイヤへと歩み寄る。

 

「それじゃ、後衛は任せたよ、アカシア少尉。リミットは……」

 

「三十分。一度その時点で連絡します。応答がなければ」

 

「ロスト扱いで構わないよ。処理も任せる」

 

「了解しました。ご武運を」

 

 すっと手を掲げ、マイヤはギルへ敬礼する。ギルは返礼すると、サンディとリリバスを順に見やった。

 

「さ、じゃあ行きますか。アカシア少尉に消し炭にされないように、迅速に任務完遂としましょう」

 

 ばたばたと、朽ちかけた石畳を雨が打つ。雨を吸い始めている制服が、途端に重くなったような気がした。

 唾を飲み込み、リリバスは歩き出したギルとサンディの背を追いかける。

 

「ロタ中尉」

 

「ん?」

 

 マイヤの声に振り返る。平常通りの、低い温度の瞳でマイヤはリリバスに視線を向けていた。

 

「……危険と感じたら、退いて構いません。貴方は確かに小隊の一員ではありますが、その前に貴重な軍医ですから」

 

「マイヤ」

 

「ただし、その時はスティアード中尉と、サンディ伍長と一緒に退かないと、危険とは思いますが」

 

 随分と遠回りの、気遣いの言葉だった。目を瞬かせるリリバスに、マイヤは軽く苛立ったか、眉を吊り上げる。

 

「遅れますよ」

 

「あ! うん、まぁ、行ってくる。マイヤも気をつけろよ!」

 

 ひらりと手を振って、リリバスは幾分軽くなった足でギルの背を追いかける。

 追いついたリリバスにサンディは意味深な笑みを向けたが、リリバスには理解できなかった。

 

「ふむ。ここですね」

 

 ギルが足を止めたのは、一際大きな建物だった。風化して、ひび割れた入口のガラス戸。半分はすでに倒れて、風が直に吹き込んでいる。

 どこか見覚えのある作りに、リリバスは小首を傾げた。

 

「……病院?」

 

「みたいですね。まぁ、この手の施設が一番寄り付きやすい場所ですし、納得できますけど」

 

「まぁ、それは言えてるな」

 

 廃墟群の中でも一際大きな廃病院へ踏み込むと、途端に雨音が遮られ耳が痛くなるような静寂が周囲を包んだ。

 ギルはすぐに水気を払って、サブマシンガンの外観チェック。サンディも抜け目がない。相変わらず慣れないリリバスは、それでもホルスターから拳銃を取り出し、軽く動作点検をした後、弾倉を装填する。

 

「リリバス、ちゃんと弾は専用の持ってきた?」

 

「破魔弾三弾倉分な。対非人戦装備で合ってるん……だよな?」

 

 言いながら不安が過ぎり、語尾が弱くなる。作戦会議ではそう聞いていたはずだが、意識が半分なかった事も否定できない。

 サンディはくすっと小さく笑うと、軽くリリバスの腕を叩いた。

 

「もちろんよ。ちゃーんと聞いてたじゃない、リリバス」

 

「そりゃどうも」

 

 ほっと胸を撫で下ろしつつ、周囲を見回しているギルを見やる。引き結んだ口元から緊張感が滲んでいた。

 

「……ヤバそう、なんだろうな今回も」

 

「馬鹿ね。こっちで危険じゃない方が少ないっていい加減悟ってるでしょ」

 

「たまにはそうじゃないってのも、期待したいんだよな。俺としては」

 

 ため息を一つついて、リリバスは天井を見上げた。

 ぶら下がったコードの代わりに、蜘蛛の巣が新たなネットワークを構築している。人の名残こそあれど、この場所は生を維持するためにあった場所とは到底思えない死の気配が漂っていた。

 

◇◇◇

 

 第四特殊小隊は、表向きレジスタンス制圧がメインミッションとされていた。

 だがそれは陸軍内で与えられた任務に過ぎない。統合運用上もう一つの任務がこの『魔力依存性対非人殲滅』である。

 異常魔力により凶暴化した鳥獣等――通称魔獣や、悪魔、堕天使等までもを含めた『人以外の魔力の関係した害をなす存在の駆逐』というもう一つの役割が与えられていた。

 リリバスとしては人対人よりも幾分気が楽なミッションではあるのだが、危険度はこちらの方が余程高い。

 姿が明確に見えないことの方が多く、下手をすれば意識を乗っ取られ、そのまま還らないことも一度や二度ではなかった。

 リリバスがこの任務に参加するようになってまだ二か月も経たないが、その間すでに一名死亡、二名行方不明、一名は今も専用施設に収容されている。その当時を思い出すと思わず身震いしてしまうほどだ。

 

「うーん……気配は感じるんですけどねー……」

 

「居そうにないのか?」

 

 首を傾げつつ、奥へ奥へと進んでいくギルに、リリバスは背後の警戒を厳にしながら問いかける。

 ギルの手元には高感度の魔力センサーが握られており、周囲をサーチしている。元々ギルの魔力感度も高いのだが、併用して確実に距離を詰めるのがギルの癖だ。

 リリバスとしては、ギル本来の能力の方がよほど確度は高いのではないかと勘ぐっているのだが、本当のところは分からない。

 

「安定しないんですよね。不思議な事に」

 

「安定しない?」

 

「近づいていることは確かですが。……おっと」

 

 不意に、ギルが右へと避ける。朽ちて床が抜けているのかと思いきや、そこは何もない古びた床があるだけだった。『物理的には』だが。

 ギルがいつも以上に鋭く目を細め、床を睨む。リリバスもサンディと共に歩み寄ってその場所を確認した。

 渦巻く魔力。そして微かに視界に映る、転送魔法。

 

「……これ」

 

「どこへ繋がってるんでしょうね……まぁ、大方、これを越えた先に居るのでしょうが」

 

「うえええ分かりやすいけど危険度ハイパーじゃねーかよ……」

 

「リリバス、先行きなさいな」

 

「俺?!」

 

 声が裏返る。サンディを慌てて見やれば、腕を組んでさも当然とばかりに睨み上げていた。

 恐る恐るギルを見やると、軽く肩を竦め、うっすらとした笑みが返される。

 

「まぁ、危険度が一番低いのは確かですね」

 

「嘘だろ?!」

 

「向こうが構えてないんだから、当たり前でしょ?」

 

 確かに、間違いではないはずだった。転送を待ち構えているなど、いくら魔獣や悪霊の類でもしないだろう。そもそもこの転送魔法は、名残でしかない。わざわざ招き入れるための物ではないのだ。

 理解はできる。だが恐怖は拭えない。

 

「それに、貴方が行くことで確実なルートに出来ます。追走の術を使えるのは、俺ですしね」

 

「分かった。分かったよ……うぅ、怖ぇ」

 

 ぼそぼそと恐怖を吐き出しながら、リリバスは魔法陣へと向き直る。サンディとギルは余計なノイズとならないように、数歩距離を取った。

 ギルがリリバスの転送航跡を追走する為の術をかけるのを確認し、リリバスは再度深呼吸。

 ホルスターから取り出していた拳銃を握り直して、両手でしっかりと固定する。

 

「……すぐ来いよ!」

 

「もちろんです」

 

「先手は任せたわね、リリバス」

 

 サンディとギルの言葉を背に受け、リリバスは転送魔法を踏み抜いた。

 

◇◇◇

 

 ざあざあと雨脚が強くなってきた。

 カーゴ車のフロントガラスを叩く雨に、マイヤはそっと瞳を閉じる。

 雨は、嫌いだった。

 全てを洗い流してしまう。なかった事にしようとする。それは、ある意味では救いだろう。

 だが、マイヤはそうはしたくなかった。

 洗い流して忘れようとすることが、出来ない。それが裏切りである気がして。

 それが、自分の意思を挫いてしまいそうで。

 

「……難しい顔をしていると、折角の美貌に余計な皺を刻んでしまうのですよ、アカシア少尉?」

 

「すみません。ミッション中で、気を抜けないのです」

 

 瞳を開き、左へ視線をスライドさせる。助手席に座った黒い制服。真紅の髪をくるくると指に巻き付けるラフェルがいる。

 左腕に巻かれた緑の腕章は、統合司令部の中でも陸軍が主担当の証だ。

 今回のミッションも、統合司令部が立案し、ラフェルが第四小隊へ命じている。

 

「まぁ、それがアカシア少尉の長所ではあるのです。それに軍人としては当然ですしね」

 

「それは光栄です」

 

「ただ……少し好き嫌いが多すぎる気はするのですよ? そこはいけませんですね」

 

「……自制することとします。……ところで、ラフェル少佐」

 

「何でしょう?」

 

 明るい笑みを返したラフェルに、マイヤは目を細める。その瞳に、疑念と嫌悪を込めて。

 

「貴方は、何者ですか」

 

「統合司令部所属に過ぎませんです」

 

「何故、貴方の個人データは消されているのですか」

 

 ラフェルは笑みを崩さない。余裕がそこにはある。

 背筋が寒くなってきた。それでもマイヤは、止まるわけにはいかなかった。

 ぐっと手を握りしめ、毅然とした態度で問いを重ねる。

 

「こんな事、言いたくはありませんが……貴方は、何を企んでいるのです?」

 

「何も」

 

「何も?」

 

「そう、何も。私は私なりに見届けたいことがあるだけ。そしてそれがたまたま叶いそうな場所に、いるだけ。貴方と同じなのです、アカシア少尉」

 

「私は……」

 

 ずい、とラフェルが身を乗り出して、マイヤに顔を近づける。

 思わず身を引いたマイヤに、それでもラフェルは距離を詰め、そして耳元で囁いた。

 

――悪魔に村を壊滅させられた憎悪をぶつけるためにここにいる貴方と、同じなのですよ。

 

 目を見開く。

 ばたばたと雨音が、一層強くマイヤの鼓膜を揺らした。

 

◇◇◇

 

 鋭く風が唸り、頬を掠める。髪が数本、宙に舞う。

 恐怖が冷や汗となってひやりと頬を伝った。背を向けたくなる本能を押し殺し、至近距離にまで迫っていたその姿に、リリバスは銃口を合わせ、引き金を引いた。

 火薬に押し出された弾丸が、硬い毛に覆われた皮膚へ接触。異形の魔力を拘束する魔法陣が展開され、魔獣の四肢を拘束し締め上げた。

 拘束から逃れようと暴れる四足の魔獣から距離を取り、緊張で詰まりそうな息を整える。

 ぎしぎしと軋みを上げて、千切れそうになる拘束の光。

 ひらりとオレンジが舞い降り、濃茶の毛に覆われた魔獣へほとんど重なり合った銃弾を浴びせる。

 衝撃に跳ねた魔獣は、銃弾の停止と共に、ぴたりと動きを止めた。

 

「ちょっとリリバス。もしかして拘束弾しか用意してきてないの?」

 

 短いツインテールを揺らし、サンディが不機嫌そうに振り返った。

 リリバスはサンディの批難の視線にそそくさと視線をそらす。

 

「持ってきたんだけどな」

 

「大方、ひとつの弾倉に同じ弾種ばかり詰めたんでしょう」

 

「うぐっ」

 

 ギルに図星を突かれた。言い淀んだリリバスにサンディは呆れのため息を一つ、ギルは苦笑を浮かべる。

 軽口を叩ける余裕は、どこにもないのだが。

 サンディが両手に拳銃を握り直し、ギルはサブマシンガンのマガジンを入れ替える。

 前方には、人が三人通れるほどの割合広めの白い廊下。最早電気の通っていない薄暗い廊下。転送魔法の先は、それでもまだ病院内だったらしく、白さの残る壁が異様な空気を増幅させていた。

 対峙するのは、豹に似た体躯の四足の獣が二匹と、襤褸を纏った白骨死体が一体。大方悪霊が取りついたのだろう。

 病院で放置された悲しい亡骸の一つかもしれない。いずれにせよ、今は殺意を突きつける害成す存在でしかないのだが。

 

「しかし、おかしいですね」

 

「何がだ?」

 

「減らないんですよ。一向に。数自体はそれほど多くはないはずなんですけど。……増殖してるんですかね」

 

「マジか。俺帰っていい?」

 

「いいわよ。帰り道の安全は保証しないけどね」

 

 さらりと言ってのけたサンディに、リリバスは口を濁す。正直な所、サンディやギルといる方が安全性は高い。

 なけなしの勇気を振り絞ってでも前に進むしか今はないのだと、否が応でも重い知らされる。

 

「安心していいわ。ここを突破すれば先が見えるわよ」

 

「どこから来るんだその確信」

 

「乙女の勘ね。ギル、リリバス。援護頼むわよ!」

 

 返答を待たず、サンディは身を屈め、床を蹴る。小柄な体躯に似合わない武骨な拳銃を両手に持ちながら、一直線に。

 ギルは小さく口笛を吹いて、サブマシンガンの引き金を引いた。

 同時に、サンディが床を蹴り跳躍。それを視線で追う魔獣と骸骨をギルのサブマシンガンの弾丸が襲う。ギルの弾丸は通常弾で、退魔効果はないが足止めにはなるものだ。慌ててリリバスは拘束の魔弾を発砲。確実に拘束する。

 跳躍していたサンディは骸骨へ勢いをつけた蹴りにも似た着地。砕けた頭蓋が宙に白く舞う。

 ぐらついた体の奥底で蠢く、心臓の位置で拍動する魔力塊へと正確な一撃を見舞い、崩れる骸骨の上から容赦なく魔獣へと凶弾を放った。

 ものの数秒。

 たったそれだけで、この場から再び殺気が失せた。

 

「……ふう。さっさと奥に進むわよ」

 

「反応も強くなってる。気を引き締めて行こうか」

 

 釘を刺したギルに、リリバスは再び顔を強張らせて頷いた。一発しか残っていない弾倉を入れ替えつつ、ギルの傍で安全を確保する。

 次の弾倉は退魔弾だ。拘束は出来ないタイプで、使いどころは考えなければならない。

 自衛のためには必須だが、援護向きではないことがリリバスの表情を曇らせる。最悪最前線に立たされてしまう。

 かつかつと軍靴が廊下に音を響かせる中、リリバスは迷いなく歩くサンディに視線を向けた。

 

「サンディ、もうちょっと慎重に歩いた方がいいんじゃないか?」

 

「奇襲される時はされるものよ。それに」

 

 ぴたりと、サンディが足を止める。開けたフロアだった。カウンターのような区切りと、さらに奥に伸びる廊下。いくつかの扉が見える。

 カウンターの向こうはナースステーションだったのだろう。ひっくり返り、中綿を覗かせたソファが転がる恐らくはかつての待合フロアに、それらはいた。

 

「ひっ……?!」

 

 思わず引き攣った悲鳴を漏らし、リリバスは一歩後ずさる。

 輪郭の揺らめく、黒いシルエット。足がほぼ消えかけた、顔がぼやけた誰か。強烈なまでに濃縮された悪意の塊が、ひしめいていた。

 

「まさかこんなにいるとはね」

 

「ヤバい気配が……するぞ?」

 

「そうですね。危険ですね。……気になることはありますが、まずはここを制圧してからにしましょうか」

 

「ええ、そうね。リリバス、くれぐれも死なないようにね!」

 

 サンディの声を合図に、悪霊たちが一斉に動き出す。

 さながら、悪夢の光景だった。

 

 

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