第七話 王への道

 

 王の魂を肉体へ引き戻すための、作戦。

 死の概念が、世界ごと違うのは仕方ないとはいえ、王はいくらなんでも異常だった。

 通常、心臓が止まって生体活動が停止した瞬間を死と定義づける世界は多い。魂を観測できる世界であれば、その魂が肉体から離れた場合が死であったりもするが、それでも魂と肉体の間には「糸」があるのだ。これが切れた後、生き返った例は、今までにない。そもそも、その状態で肉体が活動停止をしていないことが、驚愕の事態でしかないのだから。

 常識など、王には通じないのだろう。

「王って、イメージと違いますねー」

 準備をアルトが進めてくれている間、それぞれが一旦休息をとっていた。

 ソエルはさすがに連れていくには無理があるとのことで、この部屋で待機し、防御を担当することになった。

 何の、とはさすがに聞けなかった。恐らく何かしら議会に背いた行動なのだろうから。

 じっと王たる人物を見ていたソエルに一瞥寄越し、エージュは無言で頷く。

「神様って、意外と近いんですねぇ」

「……ここまで言っていいのかは明確ではありませんが……王は神ではありません。この世界構造を生み出した神が管理させるために置いたポストが『王』なんですよ」

「え⁈ それじゃあ、人が人を管理してるのと同じ⁈」

 ソエルが声を裏返して叫ぶ。

 エージュにとっても、衝撃以外の何物でもなかった。

 神である王が支配しているからこそ、その影響は絶対だった。だからこそ世界の崩壊をあえて受け入れているのだから。

 今のクオルの言葉はそれを根本から覆そうとしていた。

「アリシアが言ってたろ。世界の本当の世界から目を背けているって」

 アルトは魔力供給用魔方陣を準備しつつ、そう口をはさむ。

 ソエルが視線を向けたが、アルトは手元の陣に目を向けたまま続ける。

「実際は、王は人っていう枠からは外れてる。でも、確かに王は『どこかの世界で生きていた』。だから……その構造は、真実ゆえに、禁忌なんだ。認めるのが嫌なんだ。人が人を支配して、王の一存で世界は変わる。王の掌でしか生きられないのが、怖いんだろうな。神ならよくて、王なら駄目な理由は俺にもわからないけど」

 アルトの言葉で重い沈黙が訪れる。

 だが、考えてみれば、おかしなことはいくつもあったわけだ。

 次元総括管理局が、ゲートというシステムを扱えたこと。今が、『第四王政』のもとにあること。エージュの世界が、時間を操作してまでも生き残ることができたこと。

 王が、完全な存在ではないことが、とうに示されていたのに。

 そのための管理局だ。神は完全であり、それが王であると信じて、疑わなかった。

 ……あるいは『疑いたくなかった』のかもしれない。その方が、楽なのだから。

「……アルト様、聞いてもいい?」

 ソエルがぽつりと声をかける。

 アルトは一瞥寄越し、そっけなく返した。

「答えられることならな」

「王って、誰が選んでるの? 神様の、きまぐれ?」

「……輪廻の輪、最終階層に何があるか知ってるか?」

「……輪廻の輪?」

 知らない言葉だった。

 分からない、という風に首を傾げたソエルに、アルトは渋い顔をする。

 それからジノに問いかけるような視線を向けた。

 ジノは苦笑して、首を振る。

 とんとん、と頭を指さして、ジノはアルトの疑問に返した。

「エージュもソエルも、こっちより、実技命だからさ」

「……じゃあ、しょーがねーな。今度勉強しとけ。お前、頭切れそうだからすぐわかるだろーし」

「ええー!」

「そのあたりは、時間さえあればそのうち教えてやれる。今は、こっちが優先だ」

 とん、と床に広がる魔法陣を爪先で示して、アルトはソエルの言葉を遮った。

 流石にソエルもそれ以上の質問は口にしなかった。

 魔法陣が薄く光を発している……準備が、整ったのだ。ふわりと、気配が動いた。視界の隅でも、目についてしまう白。

 まるで引力でもあるかのようだ。知らず、視線を向けてしまう。じっと座って体力を温存していたクオルが動いた。

 魔法陣の傍に立ち、クオルは優雅に微笑んだ。

「では、最後の作戦会議といきましょうか」

 その笑みは穏やかだったが、その言葉は空気を一気に緊迫させる。

 作戦の概要は単純といえば単純だった。

 まずは、エージュの能力でもって、時間を逆走させる。

『王』の記憶に干渉するには、少なくとも魂と肉体がつながった「糸」のある状態まで遡らなければならない。

 記録は脳に集積されるが、記憶は魂に刻まれるものだから。

 そのうえで、王の記憶に干渉する。

 王が何故今の状態になったかを知るために。そして、それを解決する手段を見つけ出すために。

 エージュの役割はとにかく時間を示された時間まで戻すこと。

 今は、それだけ考えればいい。

「魔力はエリスから、供給されます。心配しないでください」

「エリスって、ゲートの源の一つですよね? いいんですか? そんなこと勝手にして……」

「エリスは僕でしか制御できませんから」

 さも当然とばかりに返すクオル。

 ゲートの源となれば、それは王の右腕的立場だろう。そんな存在を制御する、というのは妙な話だ。

「アリシアも、エリスも自分だけじゃ制御しきれないんだよ。源泉はあくまでそれだけだ。方向性は決められない。だから、契約者がいる」

「その契約者、っていうのがクオルさんなんですか?」

 ソエルが確認を取ると、クオルは静かに頷いた。

「だから、ゲートを使わなくても移動できるんだ……」

 納得したように、ソエルは二度三度と頷く。

 だが、その頭の中ではまだまだ解消されていない疑問が混沌としているはずだ。

 しかし、時間もない。

 だからこそ、エージュは最低限確認すべきことを尋ねる。

「エリスから供給されるってことは……」

「いくつかの世界は犠牲になる可能性は高いですね」

 エージュの問いを先回りして、きっぱりとクオルは告げる。

 予想はしていたが、いざ言葉にされるときつい。

 ゲートが世界を維持する一助ならば、維持不能となった世界が崩落するのは想定される被害だ。

 でも、それはエージュの理想とは大きくかけ離れる。エージュは拳を強く握りしめて、黙り込んだ。

 躊躇、する。

「だとして、ここで貴方がしないのであれば」

 こつ、とクオルが近づく。

 エージュは視線を合わさないようにそらして、その言葉から逃げる。

「すべての世界は崩落するだけです。それは、貴方の望む世界の形ですか?」

 卑怯な人だ。つくづく、そう思う。

 そういわれたら、覚悟を決めるしかないことを分かっているのだろう。

 世界が崩落するのが嫌で、監査官を目指した。あと少しまで、手が届いたのだとばかり思い込んでいた。

 でも今から自分が成そうとしていることは、世界を壊してでも、世界を守るという相反したもの。

 それは本当に、悔しい結末だ。

「……貴方は、それで納得してるんですか?」

 せめてもの抵抗で、エージュはクオルに問いかけていた。

 クオルは静かに、首を振る。横に。

「でも、僕は何かを犠牲にしてでも、守りたいものがあります。だから、たとえ自分が犠牲になろうとも、やり遂げてみせます」

 その目に迷いはなかった。

 一歩間違えば、死が口を開けて待つ未来に踏み込もうとしているのに、だ。

「貴方は、未来に何を望んでいるんですか?」

 不意に、エージュはジノの口癖を思い出す。

『管理局は慈善事業なんかじゃない』

 普通じゃない人々が集まった、世界の掃き溜め。だから、こんな危険な任務にも飛び込める。自分の故郷とかけ離れた世界でも、狂うことなく行動する。そこには、絶望しかないのに。

 そんな中で、希望を与えてしまう存在。それがクオルという人間で……一番壊れた人間だ。誰よりも危うい精神性を持ちながらも、誰よりも高みを目指す姿。

 だからエージュも惹かれてしまった。そうなりたいと。恩を返したいと。

 そして、救われてしまうのだ。今日も。自分でも、まだ出来ることがあると。

 願いは、ただ一つ。孤独じゃない、終わり。それだけだった。

「俺は……こんな所で、終われません」

 エージュの返答に、クオルは肯定も否定も、賛辞も反論もしなかった。

 ただ、慈しむ様に微笑むだけだった。

 

◇◇◇

 

 時間を逆行できるといっても、今のエージュには精密なことはできない。

 一番細かくできて、分単位。

 だが、自分だけならともかく、更に他者を連れての逆行はそこまで精密にはできない。

 もっとも、クオルはそこまでの精密さは求めていない様子だった。

 まずは三ヶ月前から、逆行を開始し、そこから、一週間単位で遡る。エージュの力では時間を遡るのが精一杯で、王を追尾するのは主にクオルとジノが引き受けてくれた。

 今回はさすがに人数の制約上、ブレンも待機要員だ。

 本人は複雑な表情を浮かべて、それでも笑顔で送り出した。それが、ブレンとしての最後の意地だったに違いない。

 クオルにとってのブレンは、一体何なのだろう。自分にとってのソエルとは違う、どこか暗い思い出に塗られている気がした。

 もっとも、今はそれを気にしている余裕はないのだが。

(何も見えない……)

 視界が白く、靄に包まれている。ただ、確実に時間は遡っているはずなのだ。

 エージュは確かに時間の糸を手繰っている実感がある。感触とは違う、感覚で分かる。

 空気の違いだ。遡れば遡るほど、空気が、重くなっていく。時間の壁が厚くなっている。

 それでも、目に見えた変化がないというのは、不安を煽るものだ。

――八年を、遡ったとき、だった。

 不意に視界が晴れた。 真っ白な靄は跡形もなく失せ、息を呑むほど広い空間がそこにあった。

 赤い柱が等間隔で並び、壁は深いこげ茶色。

 どこにも灯となるものがないにも関わらず、密閉されたこの空間は、明るい。

 そしてこのフロアの主に、視線を戻す。重厚な、扉。そして、その横には赤い顔をした、顎ひげを蓄えた巨人。

 恐らくこの巨人が、このフロアの主だ。彼の後ろには、巨大な本棚にぎっしりと本が詰まっていた。

 裁判長のような席に鎮座し、ぺらぺらと体格に合ったサイズの本のページをめくる。本でさえ、エージュの身長を軽く超える大きさだった。

「あの、あれ……誰です?」

 エージュはそっと巨人についてクオルに尋ねた。

「第四十五代閻魔大王さんですよ。輪廻の輪、最後の番人です」

 小さく笑ってクオルは回答した。輪廻の輪の最後の番人、と言われても正直エージュは理解できていない。

 ただ、先代の王ではないと分かっただけでも僥倖だ。

 閻魔大王は無言でページを捲り、時折あごひげに手を当てる。やがて、ばたんっ、と大きな音を響かせて本を閉じた。

「して、お前はどっちを望む?」

 地面を震わせるような、重く響く声。

 その威圧感にエージュが息をのんでいると、ふとジノが呟いた。

「……すばる……」

 視線の先を追いかけると、そこには確かに、ベッドで眠っていた王がいた。

 名を、六連すばる。彼が世界の王にして、希望。

 エージュは未だにそれが信じがたい心理状況ではいた。

「どっちって、言われても」

 それがエージュの聞いた初めての王の声。

 ……とてつもなく、普通だった。

 学生服に身を包み、困った表情を浮かべている。どこにでもいそうな、学生だった。

 その返答に、唸る閻魔大王。困り果てた様子で、王であるすばるは、閻魔大王に尋ねた。

「もっかい、聞いてもいいですか? 王になるか、輪廻の輪に加わってまた生れ落ちるか、選べるんですよね?」

「その通り」

「王になったら、俺は……生き返るってことですか?」

 すばるの発する一言一言が、エージュにとっては衝撃だった。

 それはつまり、王が人であった証。

 閻魔大王はぼりぼりと頭をかいて、口をへの字に曲げて唸る。

「そうとも言うが、そうでもない。王に生死という概念はない。存在するかしないか。それだけでしかない」

「……はぁ」

 理解してるんだかしてないんだか曖昧な態度で、すばるは頷いていた。

「生まれ変わるか、俺のまま世界を背負うか……」

 そう、どこか呪文のように呟く。

「悩むのは仕方ないことだ。……ぬしは、そうであるからこそ、ここへ辿り着いたのだから」

「褒められてないですよね、それ」

 苦笑して、すばるは言う。閻魔大王は寂しげな笑みを浮かべた。

 その意味は、やはりエージュには理解できない。

 すると、ジノがそっとエージュに囁いた。

「煩悩のすべてを捨て切れた者だけが、閻魔大王の元までたどり着けるんだよ。人としての全てを捨てることに躊躇がなかった存在だけが、ここに来る」

「え……?」

「輪廻の輪は、生まれ変わるための道。すべての生命がここに来る。生まれ変わるために、ここへすべてを置いていく。記憶も、肉体も、全て。大体は、何かしら捨てたくなくて、そこで輪廻の輪に取り込まれる。未練ってやつだよ。生まれ変わっても、何かしらそれに縛られる。でもな、逆に最後まで行くってことは、それをなくすことに躊躇がなかったんだ」

「つまり……自分の過去なんてどうでもいい、って人だけ……ですか?」

「極論的にはな」

 言って、ジノはひどく寂しげな表情を浮かべた。

 ジノは、すばると知人であった過去がある。その過去をすばるが捨てたからこそ、ここにいる。

 分かっていても、ジノは自分の存在を拒否されたようなものだろう。ジノの痛みが、エージュには戸惑いとなって言葉を掻き消す。

「前の王って、どんな人だったんですか?」

 ふと、すばるは尋ねる。

 閻魔大王は後ろの本棚から、一冊の本を手に取った。ぺらぺらとその本のページをめくる。先代の王の記録なのだろうか。

 やがて、閻魔大王は重い口を開いた。

「革新的ではあった。だが、先見性に欠けていた、のかもしれぬ」

「先代は、どうして王になろうって?」

「知らん」

「はい?」

 すばると同じく、エージュも首を傾げた。

 ばふ、と本を閉じて、後ろの本棚へさっさと戻す閻魔大王。

 そうして大きなため息をついて、閻魔大王は腕を組んだ。

「あやつは、輪廻の輪に手を加えて、わしをここへ配置した。ここまでこれた者ならば、きっと世界を本当の意味で守れると。その試みが成功かどうかは、分からん。少なくとも、何人かはここまで来たが、耐え切れず壊れてしもうた」

「同意。でも『私』は肉体をもらえたから、悪くなかったわねー」

 ひらりと閻魔大王の肩に舞い降りた、白。今の姿とは異なるが、あの雰囲気はアリシアだった。

 閻魔大王は鬱陶しそうに、肩に降り立ったアリシアに目をやる。

 気にせず、アリシアはさらに地面へと降り立つ。

 重力さえないかのように、ふわりと衣装を翻して舞い降りたアリシアに、すばるは目を奪われていた。

 そのままアリシアは床を滑るように移動し、すばるの前に立つと、しげしげと観察する。

「な、なに……?」

 戸惑いつつ、視線をそらすすばるに、アリシアは楽しげに微笑んだ。

「べっつにー?」

「アリシア、その辺りにしておけ」

「あら、エリスも興味があるんじゃない」

 エリス。その存在を初めて見ることになる。エージュは声のした方を慌てて見やった。

――黒猫、だった。

 人間と同じくらいの背丈をした、黒いローブに身を包んだ、黒猫。金色のアーモンド形の瞳。その姿に、クオルが苦笑していた。

 変わらないんですねぇ、と。

 エリスはすたすたとアリシアへ歩み寄り、首根っこを掴むとすばるから引きはがした。

 面喰っているすばるに、エリスは大きな目を細めて言う。

「気まぐれで王になどならないことだ。先代の王の遺産は良質なものとは言い難い。つぎはぎだらけの、機能不全寸前の世界だ」

「それって……大変なんじゃ……」

「だが、それも運命だ。滅びは、全ての生あるものに訪れる現象。それが早いか遅いかに過ぎない」

 アリシアとは対照的に、冷静にエリスは言葉を紡ぐ。

 あるいは、それさえ含めてアリシアとは対なのかもしれない。

 それよりも、エージュはすばるが何故王になる決意をしたのかが、気になっていた。

「……俺、守りたいものが一つだけあるんだ」

 ぽつりと、すばるが口を開いた。

 アリシアとエリスが怪訝そうに目を向ける。

 エージュも、思わず息を呑んでいた。

「もしも、俺が王になったら……守れるように、なるのかな?」

「さて、それは君次第にはなるだろう」

「その間だけでも、俺は王になっても、いいかな?」

「決めるのはぬしだ」

 閻魔大王の声が、低く響く。

 すばるは小さく笑って、頷いた。

「分かった。……俺は王の道を選ぶ」

 すばるは何を守ろうとしたのだろう。

 エージュには、それが気になり始めていた。

 

◇◇◇

 

 少し時間を進め、王の柱。といっても、窓と扉のない部屋の中だった。まっさらな白い壁が、空間を区切っている。

 クオルとジノが何かしらの術はかけているようだが、どうにもエリスやアリシアは気づいている気がしてならない。

 かといって、それを確認する余裕はない。

「何にもないんだな……」

「王の柱には、明確な空間はない。この現状は、王が馴染みやすい状態に適正化した結果だ」

「ふぅん……」

「それより、こっちよ、すばる」

 白の部屋の中央にぽつんと置かれた、真っ黒なデスク。

 すばるはアリシアに促されるがままに黒革張りの椅子へ腰を下ろした。

「……で、具体的に王って何すればいいんだ?」

「世界管理。どこを壊して、どういうのを創ろう。そういうのかしらね」

 アリシアの説明に、すばるは困った様子で視線を伏せる。

 デスクの上には、組織図の紙だけが置いてあった。

「この組織って……?」

「ああ、これは先代の残してった次元総括管理局。ゲートを使って、できる限りの抗争の種をつぶしてるみたいね」

 現状はこんな感じよ、と何もない空間に、アリシアは世界の縮図を浮かび上がらせた。

 青い光で繋がれた世界が、球体の中にたゆたう。

 すばるはじっとそれを見つめ、眉根を寄せた。

「でも、ゲートがあんまり、安定してない……よな?」

 世界と世界を繋ぐ光が、鈍く明滅するのを示しながら、すばるはアリシアへ確認する。

 アリシアは軽く肩をすくめてみせた。

「私とエリスがこの力をどーやって制御すべきかよくわかってないからね」

 ゲートの源である、アリシアとエリス。ただの力でしかない二人には、方向性は定められないという事だ。

 その為に、クオルと言う契約者がいる。

(でも……この時は、いなかったのか)

 ちらりと傍らのクオルを窺う。

 じっと、成り行きを見守るクオルの視線はまっすぐにすばるを見つめていた。

「……方向性を、誰かが決めればいい、ってことだよな?」

「まぁ、そうね」

「じゃあ誰かに頼めばいい。……でも、俺じゃ向き不向きは分からないかぁ……」

「ならば、管理局をあたってみたらいかがだね? データベースは管理局が随一だ」

「あ、じゃあそれで!」

 ぱっと表情を明るくしたすばるに、エリスは軽く目を見張り、やれやれと頭を振った。

 片やアリシアは楽しそうにくすくすと笑う。

「いいんじゃない。すばるがやりたいようにやりなさいな。だって貴方は王様なんだもの」

「そしてそのサポートが我らの役目だ」

 すばるは曖昧に苦笑する。あまり指示をするという環境には慣れていないのかもしれない。

 アリシアは管理局に行ってくると告げて、するりと姿を消した。

「なぁ、エリス。先代はどうやって、世界を管理してたんだ?」

 その問いかけに、エリスは珍しく言葉を濁した。

 首を傾げるすばるは、じっとエリスの瞳を覗き込む。

 エリスの答えを待っているのは、すばるだけではなく、クオルやジノも同じだろう。

 ぎゅっとエージュは手のひらを握り込む。

「先代は、一人きりで、世界を管理していた」

「一人で?」

 無言で首肯するエリス。

 つまりは、どうやって管理していたのかエリスも知らないという事を暗に含んでいる。

 すばるは白い天井を見上げ、ぽつりと零した。

「そっか。……寂しいな、それは」

「……王」

「だから先代は、次のためにエリスとアリシアを残してったんだ。良い、遺産だと俺は思うな」

 すばるはエリスに屈託なく笑った。

 エリスは目を見張って、言葉を失っていた。

 エージュとしては、徐々に不安が募るばかりで。

 見れば見るほど、普通なのだ。すばるはあまりに人間らしく、王としては、頼りない。

 何故すばるは今、魂と肉体が離れてしまったのだろう。王とは、すでに人としての枠を超えているはずなのに。

 

◇◇◇

 

 さらに少しだけ時間を進める。三日ほど。逆行前から考えれば、七年前。

――ふと、その年月がエージュに違和感を与えた。

 いいようのない、不安とともに。

「……エリス、これ、知ってる?」

 ふと、すばるが問いかけたのは、世界地図の一点。正しくは、その世界。

 点滅を繰り返す、不規則な世界だ。

「先代の世界の名残……いや、それは十三世界以外はないはず」

「だよな? なんか、エリスとアリシアの影響が少ないし。ゲートが繋がって、ない」

「……時間を、戻してるのよ。その世界、先代の時代からあるの。十三世界と同じくらい古いわ」

 ぽつりと、アリシアが言う。すばるが不思議そうにアリシアを見やった。

 そんな中、エージュは背筋を凍らせていた。

 これは、どういうこと、だ?

 時間を戻すといえば、間違いなく、エージュの世界だった。

 答えを求めて、傍らのクオルを見やる。クオルは黙って、すばるの方を見つめていた。

 その表情に、戸惑いや不安は一片も見えない。エージュは不安を抱えつつも、視線を戻した。

 アリシアは、つい、と指を世界地図の上で走らせる。

「今度時間を戻しながら、移動する先は、ここ」

「ここって……っ!」

「王の元いた世界ね。いえ、今も、かしら。王の肉体の構築はそこに依存しているもの」

 すばるは、完全に凍り付いていた。

 その様子に、アリシアは微笑む。

「大丈夫よ、心配しなくても。王の世界は消えても、王自身は消えないわ。貴方はすでに、王の柱に結ばれてるのと同じだもの」

「俺は、それじゃ……意味がない」

「え?」

「どうしたら、崩落させずに済む? どうしたら、いいんだ?」

 どこか必死なすばるの問いかけに、アリシアとエリスは顔を見合わせる。

 そしてエリスは、淡々と答えた。

「この世界を、崩壊させれば済むと思うがね」

 エリスの言葉は、エージュの心に深く突き刺さった。

 無情にも、切り捨てる言葉だった。

「そんなの出来るかっ! だって、この世界にだって、たくさん人は住んでるんだぞっ?」

 すばるはそう反論する。

 その言葉で、エージュは幾分救われた。

 戻らない過去だとしても、簡単に切り捨てられなかったという事だけでも幾分救いだった。

 だが、非情にも、エリスは首を横に振る。

「王はこの時間を転々と漂うこの世界が及ぼす影響を、どう考えているんだね?」

「それは……」

 今後もこれが続けば、崩壊する世界は増えていくだろう。前の世界構造が上手く行かずに作り直したはずの世界で、再発した癌のように。

 エージュも、理論は理解できる。

 だが、納得できるかと言えば……それは別だ。

「この状況を知れば、まず間違いなく、我が契約者は破壊しに行くだろう」

「……そうだろうな」

 諦めたように、すばるは同意を示した。

 エージュは最早、隣へ視線を向けられなかった。

 エリスの契約者は……今、隣にいる、クオルだ。

 冷たい汗が、エージュの頬を滑り落ちる。震える手を、必死に気力で抑え込む。

 そんなエージュを他所に、クオルもジノも、何も言わずに、現状を見つめていた。

「俺は、世界の王なのに……どうしてすべての世界を守れないんだろう」

 そう嘆いたすばるに、アリシアは笑みを向ける。

 そっとすばるの首に腕をからめて、後ろから抱きしめた。

 さらさらと、アリシアの白く輝く髪が、すばるの頬を撫でる。

「アリシア……?」

「王は、王のやり方で世界を創ればいいのよ。だって、貴方は王なんだもの。駒は駒として使いなさい。そうして、貴方の理想の世界を創ればいい。むしろ……それが、貴方の役目なのだから」

「俺の……理想の世界……? でも俺、全然分からない事ばっかりだ」

「いいじゃない。それでも。……世界の誰もが、貴方に期待なんてしていないんだから」

 アリシアの、冷たい言葉。しかし誰よりも優しい言葉。期待しなければ、絶望もしないのだ。

 すばるは淡く笑って、アリシアの手に触れた。

「少しだけ……俺は、ここを留守にして、いいかな」

「何をしに行くのだね?」

 エリスの問いかけに、すばるは苦笑する。

「俺は、俺だけじゃ、だめだと思うんだ」

「なるほどね」

 くすくすと、アリシアはそのままの体勢で笑う。

「あとは、しばらくクオルとアリシアに任せる。アリシアも早く契約者を見つけてもらわないとな」

「そうねー。でも、いいの? クオルに任せたらまず間違いなく、さっきの世界は壊すわよ。あれ、それこそ最小の犠牲で済ますタイプだもの」

「俺は、むしろ俺のいた世界を壊すかもしれないって思うけどな。……クオルは、誰よりも過去に生きてるから。戻れる方法があると知ったら、ほっとくわけないだろうし」

 それに、とすばるは言葉を加えた。

「俺が俺じゃなくなったら、探し出すにはこの時間まで戻らなきゃいけない。そのために、その可能性を守り抜いてもらわないといけない。だから、隠さずクオルには言えよ? 時間を巻き戻せる能力のある数少ない世界だって」

 すばるの言葉に、エリスがその大きな瞳を細めて、苦笑する。

「駒を動かす手法を、よく心得ているよ、王」

「必ず、見つけてあげるわね、王。だから、寂しがるんじゃないわよ」

「ありがとう、アリシア。エリス。……じゃあ」

 行ってくる、その言葉とともに、ぶちんっ、と映像が切れるように世界が暗転した。

 王の記憶への干渉が、断ち切られた。

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