第八話 シフト
鼻歌を歌っている上機嫌なラフェルほど怖いものはないと思っていた。
久しぶりに座った基地内の医務室のデスクを整理していたリリバスは、そっと背後を振り返る。扉の脇、ちょうどリリバスの真後ろの壁にもたれているラフェルがいる。軽快なリズムを刻みつつ、うっすらと口元には笑みを浮かべていた。傍から見れば麗しの上級士官殿なのだろうが、リリバスの目には地獄が湧きだしてくるようにしか感じられない。普段のラフェルを知っているがゆえに、特に。
「どうしたのです、りぃくん。表情が引き攣っているのですよ?」
手にした端末モニターから顔を上げ、ラフェルが不思議そうに眉根を寄せた。
「何も言ってないしそんな顔してないっての」
「おかしいのです。私の目にはそう見えたのですけれど。ま、どうでもいいのですよ」
些末な事ならいっそ触れないでほしいものだ。恐らくラフェルにとって自分は良いおもちゃなのだろうと、リリバスはそっとため息を吐く。
視線を戻せば、大窓。小雨の降り続く曇天。だが雨は昼には完全に上がるらしい。随分と長雨だった。
「アレスタが出発するそうですよ」
「アレスタ? なんだそれ」
聞きなれない言葉に首を傾げると、ラフェルは虚をつかれた表情を浮かべ、それからため息を一つ。
「りぃくん。少しは内部のこともお勉強しないといけないのですよ?」
「俺そーいうの苦手だからパース」
「そういう問題ではないのです。まったく、これから陸海空、全部忙しくなるのです」
「そうなのか。大変だなー」
「他人事の振りするのは結構。でも、りぃくんもこき使われるのですよ。空と海が頑張ってる間に、りぃくんたちは国内の厄介事を鎮圧しなければならないのですから」
軽く言うが、ラフェルの言っていることは随分苛烈だ。リリバスの対応しなければならない事で、厄介事といえばレジスタンスのアジト破壊、あるいは危険度が高ければ構成員の拘束だ。
それは確実に血を見るミッション。かといって悪霊の類がマシかと言えばそんなわけもない。
どちらにしろ、リスクは高い。
「それから、エコちゃんの件ですけれど」
すかさずラフェルを見やる。にんまりと口角を釣り上げた笑みを浮かべたラフェルと目が合う。
「あらあら、りぃくんは分かりやすいですね。そんなにエコちゃんが気になるのです? 青春……には少し歳を召し過ぎてるんじゃないです?」
「ばっ、そんなんじゃないってーの。ただ、その、あれだ」
リリバスの脳裏をよぎったのは、エコデとの約束。
それだけと言われても、反論は出来ない。それでも、守るべき価値のある約束なのだから。
「……困ってるなら、助けてやりたいって、思ってるだけだ」
「ま、そこは私がとやかく言う範疇ではないのです。で、エコちゃんはひとまず陸軍に留め置き。名目上は、保護観察ってことになったのです」
「保護観察……」
「手続きが終わるまではしばらく休学なのですけれど。でも終わったら普通に学校に通えるようになるのです。それくらい軽い処置って話なのですよ」
「そっか……良かった」
安堵の息を吐く。監禁でもされるのではないかと不安があったのだが、どうやら最悪は避けられたようだ。
「それと、サンディ伍長と姉妹だとか?」
「俺は知らないけど、サンディはそう言ってたぞ」
「可能性としてはゼロではないのです。というよりは、否定できる要素がないって話なのです」
「そうなのか?」
「戸籍諸々、調べさせてはいますけど……今の今までサンディ伍長のプロフィールが真っ白なのです。今更分かるとは考えにくいのです。もっとも、公的な書類ではなく、かつ書面にしか残っていないものなら別なのですけれど」
含みのあるラフェルの言葉に、リリバスは眉を顰める。
電子データではなく、書類のみ。あるかもわからない。だが、ラフェルの発言の端に存在の可能性が強くにじんでいた。
あるいは、誰かの記憶の中だけ。
(……レイルは何か知ってるのか?)
だからこそ、ひた隠しにしてきた可能性はある。だとすれば、エコデの存在は隠さなければならない程の重要な何かがあるのだろうか。
淡く脆い笑顔するエコデしかリリバスには思い出せない。
ふと、扉が乱暴に開かれた。
「え、あ」
かつん、と踏み込んだ姿に呆気にとられる。
紺碧の制服を身に纏い、空色の眼鏡のフレームの下では他人を拒絶するような眼光が閃く。
不機嫌なのかあるいは無表情なのか、いずれにせよ読み取れない表情のまま歩み寄ってきたのは、レイルだった。
ラフェルの存在を黙殺したように、ちらりとも見ることはせず、真っ直ぐにリリバスの元へと。
緊張に顔を強張らせたリリバスをレイルはじっと冷たく見下ろす。
沈黙が冷たく重い。
「……お前に預けておく」
「な……え?」
レイルが突きつけたのは、黒い表紙のファイル。ファイルとレイルを交互に見やるも、無言で突き付けられるだけ。
恐る恐る受け取り、中身を確認しようと手に掛けた刹那。
「一つだけ頼みがある」
「頼み?!」
思わぬ言葉に声が裏返る。レイルを見上げると、大声を出したせいか眉をひそめていた。
「頼み、って……」
「エコデをちゃんと卒業させてやってくれ」
「へ?」
「出来ればまともな就職先を見つけられるようなアドバイスも期待したいところだが、お前にそれは期待できないからな。だからせめて、学校に通わせて、その上で卒業させてやってほしい。その為の書類だ」
目を瞬かせ、慌てて中身を確認する。綺麗にファイリングされた学校で必要な書類一式だった。
まめなレイルの性格か、インデックスで綺麗にまとめられている。
軽く捲っただけだが、初等部の頃からきっちり収められていた。成績表はもちろん、年間の行事予定や配布資料まで。
それだけの重みが、手渡されたのだとようやく気付く。
「……何で」
「は?」
「なんで、ここまでしてんだよ。……お前っ……ただの保護者だって偉そうにッ!」
「そうだ。そのための物だ」
「ふざけんなッ!」
立ち上がって胸倉をつかむ。レイルの態度は、変化がなく。
むしろ鬱陶しそうに眉間にしわを刻んでいる。それが余計に、腹が立つ。
「ただの保護者がここまできっちり整頓して取っとくか馬鹿! 違うだろ! お前、本当はすっげー大事にしてたんだろ!」
「何を勘違いしてるのか知らんが、これは俺の性格上の問題だ。感情は挟んでいない」
「嘘つくな! 大体、エコデがどんな思いで……」
「黙れ」
強い口調でレイルがリリバスの言葉を断つ。胸倉を掴んでいた手を乱暴に引き剥がし、服装を整えながらレイルはリリバスを冷たく一瞥した。
背筋が凍りそうなほどの敵意が潜んだ視線に、リリバスは息を呑む。
「あいつがそれを望まなかった。それだけの話だ。俺に引き留める権利はない。ただ、俺が完遂すべき使命は果たす。その為に不本意だがお前に託すんだ。他に適当なのが居ればいいんだろうが、どうも居ないようなのでな」
「でも」
「これ以上の問答は無駄だ。現実的に、今は俺の手を離れた。それだけだ。……任せた」
レイルの言葉に、ずきりと、リリバスの胸が痛む。その奥に秘められた想いを理解してしまったがゆえに。
踵を返し、再び去っていくレイル。ラフェルは軽く肩を竦めていたが、無視をされていた。
「レイル!」
「何だ。まだ何かあるのか」
扉に手をかけた瞬間呼び止められたせいか、レイルは不機嫌に振り返る。
リリバスは両手を強く握り締め、その視線を受け止める。震えそうな声を、絞り出す。
「俺が、ちゃんと守るから」
「……ああ」
「だから、落ち着いたらちゃんと話し合えよ。それまでの一時預かりってことにしとくから。ちゃんと、お前の言葉で取り戻しに来いよ!」
「勝手に言ってろ」
鼻を鳴らして、レイルは今度こそ出て行った。沈黙。
残されたファイルに視線を戻す。思い出の積算。余計な事をしたのかもしれない。
身を裂く思いでこれを託しに来た可能性の高いレイルに、今度こそ死刑宣告をするようなものかもしれない。
それでも、リリバスは簡単に引き受ける気にはなれないのだ。
「相変わらず、りぃくんはお人好しなのです」
「どーだかな。案外完膚なきまでにレイルが拒絶されるのが見たかっただけだったりして」
「それも一つの優しさなのです。曖昧な事を続けることほど、残酷なことはないのですよ」
「……そだな」
「ま、いずれにせよ無事に帰って来れれば、の話なのです。彼は明日からミッションですし」
「ん、そうなのか?」
はぁ、とラフェルが大きくため息を一つ。
むしろリリバスとしてはラフェルがレイルの行動まで知っている方が不思議ではあるのだが。
「言いましたでしょう? アレスタは航空戦艦。明日から偵察兼囮ミッションなのです」
「ああ、何かさっきその名前聞いたな」
「彼は、アレスタの副長なのです。つまりそういうことです」
思考を巡らせる。つまりレイルは危険な作戦に参加してくる戦艦の、それなりの立場の人間という事だ。
「どんくらい危険なんだ?」
「さぁ。戦闘がなければ僥倖なのではないです? 単機っていうのもリスクを上げますです」
「……あー……」
「祈ってあげるしかないのですよ。……あと、エコちゃんには秘密にしておいてあげた方が賢明かと」
「そうだな……余計な心配は、させたくないよな……」
だが墜ちた時はそれこそどう説明すべきだろうか。
何ひとつ楽観できる現実がない事に、リリバスは深くため息をついた。
◇◇◇
ノックの音に、エコデは顔を上げた。
慌てて座っていた椅子から席を立ち、扉へと駆け寄る。
そっと扉を引くと、オレンジの頭。エコデよりも背の低い陸軍制服を着た少女。
「サンディちゃん」
「部屋に篭っていても、気が滅入るだけでしょう。散歩でもどう?」
「え、でも」
勝手に出歩くべきではないだろう。表情を曇らせたエコデに、サンディはくすっと小さく笑う。
「だから一緒にどうかって誘ってるのよ」
軍人のサンディと一緒ならば確かにそこまで咎められることはないだろう。
「いいの?」
「ええ。話しながら、散歩でもしたいところね」
口調こそ大人びてはいたが、表情は子供そのものだ。そのアンバランスさは実に不思議だが、それがサンディらしくも感じていた。
「じゃあ……お言葉に甘えてもいい、かな?」
「もちろん」
幾分強張っていた心が和らぐ。
サンディの隣、しかしほんの少し後ろを確保しながらエコデは歩き出す。
あてがわれた部屋は外来宿舎の一室で、生活感はまるでない。廊下もどこか無機質なグレー。窓も少ない。
そのまま屋外へ出ると、雨はやんだものの湿った空気が頬を撫でた。
見上げた空は薄暗い。舗装路の脇に生えた草花が雨に負けて少し項垂れている。
「ごめんなさいね、あんな薄暗い部屋に押し込めて」
「ううん。……寝泊りできるから、十分だよ」
それはエコデの本心だった。下手をすれば独房のような場所に放り込まれても文句は言えないのだから。
水たまりを避けつつ、車両の走る大通りを並んで歩きつつ、ふと、ずっと気になっていたことを問いかける。
「あの時……サンディちゃんは、どうして私の事を……姉だって、言ったの?」
「……言わなかったら、どうなってたと思う?」
「それは……」
正直、分からない。エコデは軍の内部規律の類は何も知らない。レイルやロヴィはそういう事は、家には持ち込んでこなかった。
ずっとエコデの中では、本当に軍人なのかさえ確証がなかった。制服でしか認識しておらず、実際の仕事は詳しく知らない。たまに任務で数日間不在にするとしても、そこに危険が潜んでいるかどうかなど考えたこともなかった。
言ってしまえば、ただの会社勤めと差がないのではないかと思えるほど、二人からは軍人の要素が見えなかったのだ。
だからこそ、自分が置かれている現状もどこか半信半疑のままだった。
「それこそ尋問受けるレベルだったことは間違いないわね」
「えっ……」
「悪いけど、あの場所それなりに人払いはされていたのよ。厳重な結界と物理的防御の上でね。それを突破してあの場所に居た。……貴方が起点だったんじゃないかって、まだギルは疑いを捨ててないみたいだけど」
ぞくりと、背筋が凍る。穏やかな態度だったギルだが、その裏ではエコデに対する疑惑を募らせていたのだろう。
今でも定期的にマイヤと顔を出すのは、そのせいかもしれない。
「今のところ、ギルは私と貴方の経歴を洗ってるわ。まぁ、見つかるとは到底思えないけど。……ただ、時間の問題ではあるのかもしれないけれど」
「どういう意味?」
「それは……――」
「あれ? なんでこんなとこに民間人がいるの?」
軽い足取りで歩み寄ってきた白に赤の映える制服。ぴんと黒い猫のような耳が頭から生えた少女と、羊のような角のはえた少年。
年頃はサンディと変わらないように見えた。制服の色からして、どうやら海軍らしい。
「……って、うっわ。吃驚だ。よもや同類に出くわすとは」
「同類?」
「それ、分かるの多分チハヤだけ」
「うっそ。コーダわっかんないの? 意外だー」
どう見ても、普通ではない二人だった。だが、エコデには分かる。この二人が『何者』なのか、知っている。
直感的に導かれた答えに、エコデは戦慄した。
「でもちょっと違うんだよね。何だろう。不思議だ。だから余計に分からないんじゃない?」
「……勝手に話をしないで貰える?」
若干低い声音で、サンディが少女の言葉を制する。
ふむ、と少年は小さく唸り、すっと手で少女を制する。
「大変申し遅れました。海軍所属コーダ・アイノ少尉です。こちらは同じくチハヤ」
「……陸軍サンディ伍長よ」
「気にしなくていいよ。こんな階級なんて飾りだし。あたし、個人的に話してるんだ。ねぇ、教えて欲しいんだけど」
かつん、と一歩チハヤが近づく。エコデを覗き込み、にやりと猫の瞳のように瞳孔を細めて笑う。
「何で貴方は、民間人なの? 私たちと同じのはずなのに」
「同じ、って」
ひゅ、と喉が鳴る。チハヤの言わんとしていることを理解した瞬間、エコデは血の気が引く。
「どうやって、造物主の手から逃れたのか、凄く興味あるな」
――知らない。
「だって今の貴方は、本当なら存在意義を無視して存在してるってことにならない?」
――何の話か、分からない。
「貴方も、そこの伍長さんも、あたしとコーダと同じ……――」
「チハヤ、コーダ。直に出発するから勝手に出歩くなと言っていただろう」
不意の声に、ぱっとチハヤとコーダが振り返る。軍人らしい背筋の伸びた姿勢で歩いてくる白銀の髪の青年。チハヤたちと同じ海軍の制服を身に纏ったその姿は凛々しく近寄りがたい雰囲気がある。
「だって時間まで暇なんだもん。ノーゼン遊んでくれないし」
「そういう問題じゃない。……まったく、コーダが引き止めると思っていたんだがな」
「僕も待ち時間は飽きました」
思わぬ反撃だったのか、渋面を浮かべるノーゼン。ひとつ息を吐き出し、ようやくサンディとエコデに視線を移す。
エコデと視線がぶつかった刹那、軽く目を見開いたノーゼン。それからチハヤに視線をスライドさせる。
「チハヤ。まさか民間人にちょっかいを出して暇つぶししていたわけじゃなかろうな?」
「ちょ! 流石のあたしもそんなことしないよ!」
「近いものではあったけど」
「コーダっ!」
「やれやれ。……すまない、迷惑をかけたようだな」
「あ、いえ」
慌ててエコデは首を振る。確かにチハヤの発言に対して動揺はしたが、悪意があったわけではないだろう。
今の雰囲気からしても、単なる興味だったに違いない。
「しかし、どうして民間人に絡みに行くんだ。迷惑も甚だしいぞ」
「居る方が変じゃない?」
「それはそちらの事情があるのだろう。変な理屈をごねるな」
「事情かぁ。同じなのがバレたとか?」
「同じ?」
ノーゼンが眉を顰め、チハヤはひとつ頷いた。エコデの傍らでは、サンディが小さく舌打ちをする。
余計な事を、とでも言いたげだった。再び空気が、緊迫する。
ゆっくりとノーゼンはエコデに再び視線を向ける。赤紫の瞳の奥に、懐疑が揺れていた。
「そうなのか?」
「私は……その」
「……いや、それでも理由にはならない。戻るぞ、チハヤ、コーダ。流石に出発の時間だ」
「はぁい」
「了解です」
素直に返事をした二人。ノーゼンは軽く会釈をして、踵を返すと迷わず歩き出す。
その背中をチハヤは素早く追いかける。コーダもそれに続こうとして、ふと足を止めた。
ゆっくりと振り返り、口元に笑みを浮かべる。目は長い前髪で覆われているため、感情の全ては拾えない。
「それでは、また」
ぺこりと頭を下げ、コーダは小走りでノーゼンたちへと追い付いていった。
発言の意図だけが不明確なまま。ざわ、と一陣の風が吹き抜ける。
「……あの人、知ってるのね」
「え?」
「私たちと同等の存在を、認識してる。あの二人の存在の意味を、知ってるんだわ。……そう」
「サンディちゃん?」
「……大丈夫よ、姉さん。お陰で私たちは価値を証明できるかもしれないわ」
サンディが何を言っているのか、エコデには分からなかった。
それが愚かしい事なのか、あるいは正しい感性なのか、それだけが分からない。
◇◇◇
「怒ってる? ノーゼン怒ってるの?」
「怒っていない。むしろそう思うなら反省してもらいたいものだな」
「ノーゼンが怒ってないならしなーい」
ぱっと笑顔を見せたチハヤに、ノーゼンはため息を一つ。移動用ヘリのシートベルトチェックを受けながら、ノーゼンは再度指令書を確認する。
しばらくはウィールを基点とした近海航行が中心になる。今のところ索敵と警戒線の維持が海軍の役割だ。
これから数週間は、陸軍に重きが置かれるだろう。例の件についてまず国内から洗うために。
「……艦長」
「どうした、コール少尉」
正面に座るダンダリアンは、強張った表情を浮かべていた。ミッション以外でダンダリアンが緊張しているのは珍しい。
ダンダリアンはちらりと隣のチハヤと、ノーゼンの隣のコーダを順に確認する。窓にかじりついて外を見ているチハヤ。コーダに関してはすでにノーゼンに凭れて静かな寝息を立てている。
どうやら、二人に関する事なのだろう。思い当たることはあった。
「心配はいらない。……何のために、俺が居ると思ってる」
「え、あっ、違います、艦長を信じてないとかじゃないです! ただ、その」
言葉尻を濁したダンダリアンに、ノーゼンは首を傾げる。
膝の上でぎゅっと強く手を握りしめ、ダンダリアンは絞り出すように問いかける。
「二人が特別だから、とはならないでしょうか」
「それは、俺が判断できることじゃない」
「そうかもしれないですけど……でも」
「……チハヤが言っていたのが本当であれば、陸軍にも一人いる」
「えっ?」
「それと、どうやら民間にもだ。……可能性を示すのは、これからだろう」
唖然となったダンダリアンに、ノーゼンは小さく笑みをこぼす。
ダンダリアンが何を思っているのかは、正直な所ノーゼンには分からない。それでも何かを危惧していたのは確かだ。
「……キメラ。その名が、可能性の代名詞となれるかは、本人たち以外の、俺たちが手を尽くすべきところだろう」
「艦長……」
「だが、敵性勢力の戦力であるならばそれは討たねばならない。国を守る、軍人としての任務だ」
「はい」
「コール少尉。君が何かを守りたいのであれば、君自身で決めろ。その手段も、目的も、そのために必要な助力も。俺は、チハヤとコーダを兄弟として守る。その為に必要だからこそ、君に真実を伝えている。だからこそ、君は俺の力となってくれているのだろう」
ダンダリアンは固い表情のまま、頷く。窓の外を眺めていたチハヤも、今は悪戯を仕掛けるような笑みをダンダリアンに向けていた。本人は気付いていないようだが。
「君が必要ならば、俺も手を貸そう。その為の最終判断は、君だ」
「……そうですね」
「今の俺に出来るのは、コール少尉の決断が手遅れにならない事を、祈ろう」
ダンダリアンは苦笑する。だが、まだ口を割るつもりはない様だった。
何かしらの深い事情を抱えているであろうことは、薄々感づいている。だからこそ、ノーゼンはダンダリアンの決断を待つのだ。
結局、誰かから与えられた選択肢は、本人の最善とは限らないのだから。
低いエンジン駆動音が響き出す。そろそろ離陸の時間が来たのだろう。
膝の上に置いていたイヤーマフをノーゼンはセットする。これでしばらくは、操縦席からの声と、自分の声しか聞こえない。それすらも聞こえないかもしれない。
考え事には最適な時間だ。
正面を見れば、難しい顔をして視線を下げているダンダリアンがいる。
きっと、着陸までに答えは出ないだろう。そんな簡単な問題ではないのだろうから。
チハヤに視線をずらす。視線が交差した瞬間、満面の笑顔でひらりと手を振ったチハヤ。ノーゼンは思わず小さく笑う。
(……名を聞いておけばよかったな)
チハヤが同類と言っていた少女二人。夕焼け色の髪をした少女と、青空を映したような髪の少女。
本当に同類であるならば、聞きたい話はある。
いずれにせよ、状況が落ち着いてからになるだろう。
海が荒れていないことをそっと祈った。