エピローグ 希望の欠片
「あとどれくらいかかりそうですかー?」
声をかけたツインテールの少女に、ネシュラと蘭が振り返る。
「あと三十分ほどかかると思います。間に合いますかね?」
ネシュラの質問に対し、少女は通信端末を取り出して、素早く操作する。
「……オッケーです! 余裕ですよ。エージュにも連絡しときますね」
「ありがとうございます、ソエルさん」
ひらりと手を振っていずこかへ連絡を取り始めた監査官の少女から蘭へと視線を移す。
蘭はそれだけで汲み取り、頷いて答えた。
「参りましょうか、先輩」
「ああ、行こう」
たん、と地面を蹴って二人は走り出す。
「全ての魂に救済を」
手にした赤い鎌が、仄かな光を放ち、二人の軌跡を描いた。
◇◇◇
――監査官と死神が協力体制をとるようになって約一月経った。
崩落時に回収し損ねる魂も減らすことは出来つつあるが、相変わらず人手不足の死神では手遅れも生じていた。
それでも個別に動いていた頃よりは、よほど前進している。
相変わらず、ココルは評議会の会議にたまに顔を出しては疎ましがられていた。
アルトの元に現れては輸血バッグを要求するのも変わらずだ。
「……で、結局ロゼはランティスに繋がれたんだっけ?」
「王が言うには、そう望んだから、らしいけどね」
自宅療養中のシスを定期的に様子見に来ていたファゼットへ、シスが返す。
まだ苦しげだが、帰ってきた当初よりはずいぶんとマシになったものだ。
本部ならばラナが面倒を見てくれるが、帰宅するとなるとゲートパス所有のファゼットが定期的に様子を見て状況に応じてラナを連れてくるほか方法がない。
今は、安静していれば不安はない状態だとラナは言っていた。
「管理局として、あの子から情報を聞き出しはしないのかな?」
そう問うたシスへ、ファゼットは首を振る。
「今は、そっとしておくべき段階なんだよ。……それに、ようやくやりたいことを見つけたみたいだから」
「へぇ……まぁ、興味ないんだけどさ」
「だと思ったよ……」
徹頭徹尾、シスは『あーちゃん以外興味ない』というスタンスがぶれないのだからある意味で尊敬する。
◇◇◇
甘美な夢が永遠と繰り返される世界で、彼女は思うのだ。
それはある意味では地獄と変わらないと。変化と言う希望があるからこそ、ヒトは幸せを見つけようとあがくことができる。
幸福に浸ったままで居れば、いつかはその幸福を感じ取れなくなる。
失うまで、その有難さを忘れてしまう。
それは、地獄の苦しみだ。
「だから……夢は目覚めなければいけない。それが……」
赤い鎌を携え、彼女はその見事なグラデーションをした髪をなびかせて一歩踏み込んだ。
「王の描く希望の世界なのだから」
死者でもあり生者でもあるロゼはそうして今日もヴァニティで戦い続ける。
そこに埋もれてしまった魂を救済するために。
王へ希望を託すべく、ロゼは今日も死神兼監査官として、彼らの夢を目醒めへと誘い続ける。
世界が、臨界の境界を越えないために。
第五章 眼醒めのイヴ 終幕