最終話 そして、明日を迎えに行く。
つう、とその頬を涙が伝い落ちる。ぴしゃん、とその涙が落ちて波紋を広げた。
その涙の意味が、相手に届かないとしても、それを受け止める存在がある。
その存在が、世界の王。王の名を、六連すばる。
そして、王の権限が導く答えが、その涙を希望へ導く。
王とは、観察者ではなく、人々の最後の希望でありたい。
それが、六連すばるの王としての在り方なのだから。
偽りの王として存在を自ら打ち破る決意をした、本当の守護の意思を持って。
「それが貴方の答えね、すばる」
響くアリシアの声。
「そして、それこそが、先代の希望。ようこそ、玉座へ」
そしてその反対から響いた、エリスの声。
二人の声を受けながら、すばるは苦笑する。
「俺は、俺の望む世界を作るだけだよ。でも」
静かに瞳を閉じて、すばるは宣言した。
「その世界に住む存在を、俺は王として守る覚悟だけは、忘れない。先代たちと同じ、王としての揺るがない願いだよ」
◇◇◇
――じじっ、とノイズが走ったように、景色が一瞬歪む。
だがそれも一瞬だった。
その場にいた全員が、一瞬だけ戸惑いを覚える。
そんな中、すばるはロゼに微笑み、頷いた。
「今度は、間違えないから」
「え?」
聞き返す間もなく、すばるはロゼの手を握ってガティス・コアに目を向けた。
驚いたロゼは、すばるの手を凝視する。
議員は、すばるの言葉を待っていた。
アルトだけが、呆気にとられたような表情を浮かべていたが。
「す、ば……俺」
「ガティス・コアは、俺が助けるから。だから……」
すばるは、ガティス・コアに穏やかに微笑んだ。
「俺を、傍まで行かせてほしい」
「了解です、王」
理由は誰も問わなかった。
しかし、王の気持ちだけは、きちんと汲み取って。
議員は殲滅ではなく、拘束のために動き出した。
「行ってくる。信じて、待ってて。ロゼ」
「え、あ」
する、と手を離してすばるは議員と共に駆け出す。
丸腰のすばるだったが、そこに迷いはなかった。追いかけようとしたロゼの手を掴んで止めたのは、ソエルだった。
「こっちに来てください!」
「えっ、あ」
ソエルに手を引かれ、ロゼはあっという間にすばるから遠ざかる。
すばるの背中が、一瞬で、別人になったような感覚に襲われながら。
◇◇◇
すばるはじっとガティス・コアを見つめていた。
相変わらず、武器も持たず丸腰で、すばるは議員がガティス・コアを拘束する様子を見つめていた。
そして、ふと目を閉じるとすばるは呟く。
「約束は、守るから。……だから」
きっ、とガティス・コアに視線を向ける。
ガティス・コアは実覇の正拳突きを受け止め、そのまま投げ飛ばした。しかし、衝撃自体は緩和できず、ガティス・コアは地面へ落下する。
「邪魔をっ……歯向かう、など……!」
ガティス・コアはゆらりと起き上がると、憎悪に塗れた瞳を向ける。
「もういいんだ、ガティス・コア」
「黙れ。黙れぇぇぇっ!!」
すばるの言葉に激昂し、ガティス・コアは巨大な火球をすばるへ放つ。すかさず雪桜と炎武が相殺するために前に出ようとしたのを……すばるが手で制した。
一瞬動きを止めてしまった二人は、その隙が火球への対処が間に合わない時間を生み出す。
「王!!」
悲痛な叫びをあげた二人。
しかし、すばるは焦った様子すら見せず、静かに手をかざしただけだった。
瞬間、火球は音もなく霧散する。唖然となる議員を他所に、ガティス・コアは歯を食いしばってすばるを睨み付けた。
「ふざけっ……な……!」
一瞬、だった。
その一瞬で、すばるはガティス・コアの前に立っていた。
「ごめんな」
「え……」
すばるは、そっとガティス・コアを抱き締めた。
ガティス・コアは唐突な展開に、愕然とした表情を浮かべる。
「俺が、躊躇ったせいなんだ。そのせいで、辛い思いをさせた。最初に気づけば良かった。そうすれば、こんなに傷つくようなことには、きっとなってなかった」
「なに、を………」
ぎゅっとガティス・コアを抱き締めて、すばるは続ける。
二人以外の世界は全て、時を停めて風の音一つしなかった。
「寂しかったよな、ガティス・コア」
「お……まえにっ、お前に何が分かるッ! 私は、この世界から絶望しか与えられなかった! 奴らは殺し合いしか、してこなかった!」
必死に振りほどこうともがくガティス・コアを、すばるはその痛み全てを受け止めるように抱き締め続けた。
その間も、拮抗する二人の能力がぎしぎしと空気を軋ませている。
「一人じゃ、ないから」
「私は、一人だッ! 一人で柱に放り込まれて、世界を維持することだけを望まれた存在だッ!!」
「違う。今は、そうじゃない」
すばるの言葉に、ガティス・コアは息を詰まらせる。
その瞳に、見る間に感情の塊が、込み上げる。
唇を噛み締め、ガティス・コアは零れ落ちそうな雫を堪えた。
「一人じゃない。一人には、させない。……だから、ガティス・コア。いや……」
そっと手を離して、すばるはガティス・コアの肩に手を置いて、微笑んだ。
「……十四番目の、議員……『時狭間(ときはざま)』。……やっと、会えた」
つう、とガティス・コアの頬を涙が伝い落ちた。
すばるはそんなガティス・コアの頭を撫でて、もう一度ゆっくりと抱き寄せる。
「もう、時狭間は一人じゃない。一人にはさせない。俺が、一緒にいる。だから……一緒に、世界を見に行こう。王の間に見られなかった、もっとたくさんの世界を、もっと近くで」
「あ……ぁあ……」
「憎しみも、悲しみも、全部俺が一緒に引き受ける。だって、俺も王だからさ」
――かつての世界の王が欲しかったのは、ただそれだけだったのだから。
「ここにいるみんなは……先代の残した希望で……、時狭間の、仲間なんだから」
ぼろぼろと、ガティス・コアの瞳から涙が零れ落ちる。
王の間、ずっと強くあることを望まれ続けた。
孤独の中に放り込まれ、それでもなお、重い責任を全うすることを望まれた。
しかしその時間はもう、終わったのだ。
先代の希望は、ちゃんと花開いて、ここまでたどり着くことが出来た。
絶望に負けることなく、希望を手繰り寄せて。
時は再び動き出した。
時の針は、未来へと時を刻み続けている。
――そして、世界はようやく本当の安定を手に入れるに至ったのだった。
◇◇◇
十四番目の議員、時狭間。それがガティス・コアの本来の役割であり、全て。
すばるが語ったのは、それだけだった。
しかしそれだけで、十分だった。
全員の抱いた違和感の正体は、霞のように消えてしまったのだから。
しばらくは、王の柱で預かるから、とすばるはロゼとガティス・コアを連れて行った。
聞きたいことは山ほどある。
しかし今すぐにしなければならないことは、被害状況とシステムの稼働状況を確認することだった。
結論付けた議員はGARS本部へ、すぐさま戻っていった。
――そして、忘れ去られたように残る二人の姿があった。
ライレイと、ヴェロスだ。
「……いつかは、こうなるはずだったんだろうな、きっと」
「ええ。……でも、こう言っては酷かもしれないけれど」
そこで一旦言葉を切って、静かになった空をライレイは見上げる。ヴェロスはライレイの横顔を一瞥し、同じように空を見上げた。
何事もなかったかのように、白い雲がたなびく青い空。ざわざわと風が木々を揺らし、土と微かな花の匂いが運ばれてくる。
「……私たちは、それが今だったから、一緒に居られる。もしも彼が居なかったら、私は今でもまだ、ヴェロスをあの場所で待ち続けていたかもしれない」
下手をすれば、二度と会えなかったかもしれない。
今に感謝しながら、空を見上げていた二人の耳に、かさりと葉を踏みつける音が聞こえた。
視線を空から正面へ移すと、そこには黒髪の少女が居た。
「エルミナさん……もしかして戻ってこないか心配で、迎えに来たんですか?」
ヴェロスが思わず問いかけると、エルミナはぽかんとした表情を浮かべる。
意外な返答だったらしい。
くす、とライレイが笑った。
「ヴェロスは、本当に疑り深いんだから」
ライレイの言葉に、ヴェロスはそっぽを向いた。
その様子に、エルミナは納得した様子で頷いて、それから微笑んだ。
「違うよー。その逆だよ。もう少し居たいかなって」
「それは、微妙だな」
「ええ、私たちにはこれでは未来がないから。……次へ進む気は、ちゃんとありますよ」
「そっか。……大人だね、二人は」
エルミナの言葉に、揃って首を振った。
「子供だから、未来を信じることに躊躇いがないだけですよ」
苦笑したヴェロスに、エルミナは微かに驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔を見せた。
ふと、ライレイが口を開く。
「これで、良かったのですか?」
「良かったかどうかは分からないけど……未来へ時は進んでるはずだよ」
「どういう、意味です?」
首を傾げたライレイに、エルミナは腕を広げた。
「時を戻せる力を持つ十四番目の議員、時狭間。それが、この一回だけ現れたと、思う?」
「え……?」
「王の候補者は何人もいた。でも、彼らが王になることは出来なかった。だって、仕方ないよね。本物の王は、彼らじゃないんだもの」
「じゃあ、もしかして……」
「この世界構造になって、時狭間は何度も目覚めてるんだよ。その度に、時狭間は受け入れてもらえなかった。世界を持たない、王の記憶の中でも、絶望しか知らない時狭間。だから、その度に時狭間は時間を戻した」
元の……先代の王の時代に帰るために。
だが、時狭間は決して王ではない。
だから王の作り出した時間の壁だけは越えることが出来ない。
望んだ時間へは、戻れなかった。その上、異質な議員は受け入れられず何度も他の議員と衝突したのだろう。
だから何度も時間を巻き戻した。
そして、その分悲しみを募らせてきたに違いない。
「やっと、時狭間は議員として受け入れてもらえることが出来た。それは、未来へ時が進むこと」
「……運が良かった、ということですか?」
「私は、運命だと思うな」
エルミナの言葉に、ヴェロスとライレイは深く頷いた。
「これから、世界はどう変わってどんな色に染まるんだろうね」
エルミナは手を空に掲げて、呟いた。
「王の目指す世界が、来るといいな」
「来ますよ」
断言したヴェロスに、エルミナは手を下ろして、視線を向けた。
「……王には多くの仲間が居るんですから」
管理局と、死神協会。
ナイトレイの一族と魔導評議会。
エリスとアリシア。
そして、ドーヴァの一族。
彼らは全員、王にとっての従者ではなく……仲間なのだから。
エルミナは静かに目を閉じて、こくりと頷いた。
「そろそろ、帰りましょうか。エルミナさん」
「いいの?」
確認したエルミナに、ヴェロスは頷いた。
ライレイの瞳も、迷いはなかった。
ヴェロスはライレイとつないだ手をぎゅっと握りしめる。
「……俺達も、次へ進まないとな」
「ええ。でも、その時は」
「今度こそ一緒だ。今度こそ一緒に、生きるために」
こくん、とライレイは頷く。
そして、ライレイはエルミナに微笑んだ。
「さぁ、行きましょう。エルミナさん。……私たちの、未来へ」
「……うん」
くるりと背中を向けて、エルミナは歩き出す。
手を繋いだまま、ライレイとヴェロスはエルミナの背中に続いて歩きだした。
世界はくるくると回り続ける。
つないだ手は、一度離れた。
けれどまた会うことが出来た。
だから、二人に迷いはなかった。
また巡り合える日を信じて、歩き続ける。
一歩踏みしめる度に彼女たちの姿は景色にしみこむ様に、音もなく消えて行った。
誰もいなくなった場所へ、風が吹き抜ける。
吹き抜けた風が運んできた白い花弁。
ひらりと舞い降りた白い花弁を、彼は手のひらで受け止めた。
そして、彼は……――
◇◇◇
あれから、数日が経過した。
システムは順調に稼働しており、今のところ他への影響もなく、死神側も監査官側も仕事をつつがなく行えていた。
実に、平穏と言ってよかった。
ゲート使用制限も解除され、滞納していた仕事のために監査官は再び世界へ散っていく。
一通りの落ち着きを取り戻したのを確認した議員は、ようやく解散となった。疲労困憊で、挨拶もそぞろに、それぞれの世界へ帰っていった。
アルトは、その足でランティスへ出向いていた。
――異種魔導研究室。
その扉の前に立つと、酷く不安が膨らんでいく。
覚悟は、している。それでも、躊躇してしまうアルトが居た。
「……あれ、アルト様。何してるんですか?」
不意の声にアルトが慌てて振り返ると、本を抱えたソエルが立っていた。
不思議そうに首を傾げて、ソエルは言う。
「部屋、鍵閉まってました?」
「あ、いや……あの」
ととっとソエルが駆け寄り、アルトは思わず扉の前から退く。
軽く会釈して、ソエルがドアノブを捻った。
かちゃり、と扉はいとも簡単に開く。ソエルはぱっと笑顔を見せて、どうぞー、と部屋へ入っていった。
続かないわけにもいかず、アルトは恐る恐る中へ踏み込んだ。
「アルトっ!!」
「へ、わ?!」
白が目の前で翻る。
抱き付かれたと認識できたのは、尻餅をついた痛みでだった。
「あ、にき?」
「よかっ……よかった、アルト……ほんとにっ……本当に、よかった……!」
震えるクオルの様子に、アルトもようやく悟る。
全てが、ようやく呑み込める。
「ごめん……。兄貴、ごめん……。俺、兄貴にまた……」
また一つ、重荷を背負わせてしまった。
その現実がアルトに重く圧し掛かる。
しかし、クオルは手を離して、アルトに笑顔を見せた。
「……僕は、アルトが無事なら大丈夫です。……ありがとう、アルト。……おかえり、なさい」
「うん。……ただいま、兄貴。……ただいま」
頷くクオルの向こうで、ジノが見えた。
ジノはアルトに微笑みながら、一つ頷いて見せる。
世界の時計の針は、廻り続けている。
時計の針が止まるまで、終わりは、来ない。
◇◇◇
「これが、すばるの……王の出した答えなのか?」
出されたお茶を飲みながら、アルトはジノに問いかけた。
ジノはカップをこと、とテーブルの上に置き、肩をすくめた。
「さぁ。それを知ってるのは、すばるだけ、だと思う。俺もクオルも、……アルトも、知ってるだけ、だろ?」
「……うん」
目を伏せて頷いたアルトに、クオルが心配そうな視線を向ける。そんなクオルへ、アルトは曖昧に微笑んだ。
「……でも、俺は、あいつの願いだったんじゃないかって、思うんだ」
「どうして?」
「じゃなきゃ、今でもここにいる、なんてさせないと思うから」
何の話だ、と首をひねるアルトに、ジノは小さく笑って、立ち上がった。
目でそれを追ったアルトにジノは告げる。
「俺、新しく弟子とったんだ。で、その子も監査官になりたいって言うから、ちょっと会ってやって」
ジノの言葉に、アルトが呆気にとられた表情を浮かべた。
◇◇◇
魔法学院ランティスの東棟。その屋上へと続く階段を上っていく。石階段を上る足音と、時折吹き込む風が奏でる音だけが響く、静かな空間だった。
先頭を歩くジノの背中を時折不安げに見つめながら、しかしアルトは言葉が見つからなかった。
何を問いかけていいのか分からずに。
クオルに尋ねても、きっと分からないだろう。
やがて、屋上へ続く扉が現れる。
ジノは躊躇なく扉を開けた。
扉を開けると同時に、気圧差で生じた風が舞い込む。
微かに春の匂いを連れた、風の匂い。
「あ、教官! ちょうどよかったぁ」
ソエルの明るい声が聞こえた。
アルトは日光の眩しさに一度目を閉じ、ゆっくりと目を開く。
円形の屋上。
その中央で、訓練をしていたのであろう二人の姿がある。
ソエルに手をぐいぐい引っ張られてやってくる、少年の姿にアルトは目を見張った。
「……エージュ?」
「え? あ、はい……そう、ですけど」
戸惑いを見せた様子に、アルトは思わずジノを見やった。
ジノは一片の躊躇も見せずに、アルトに言った。
「紹介するな。俺がとった、新しい弟子。……エージュ・ソルマル」
「私にも兄弟弟子が出来たんですよー」
「え、な……」
ジノの紹介に続き、得意げにソエルが胸を張る。
言葉を失ったアルトに、ジノは続けた。
「で、エージュ。こっちがアルト。さっき紹介したクオルの弟で、評議会議員の水虎」
「すっごい偉い人だよー。でも気さくでいい人なんだ!」
ソエルが笑いながら付け加える。
アルトの傍らで、くすくすとクオルは笑っていた。
ただ一人呆けたままのアルトに、そっとクオルが耳打ちする。
――これが、王なりの最大限の優しさなんですよ、と。
アルトはクオルを見やる。クオルは微笑んでひとつ、頷いた。
全部をリセットはしないけれど。
全部をそのままにも、出来ないから。
実に、六連すばるらしい、今の王らしいやり方だった。
アルトはエージュに視線を向ける。
エージュは慌てて姿勢を正した。ソエルに『偉い人』と言われて緊張しているのかもしれない。
アルトは思わず苦笑する。
「いいって、そんな緊張しなくて。……監査官に、なりたいんだっけ?」
「は、はい!」
「どうして?」
「俺は……ソエルや教官に助けてもらいました。記憶がない俺を、気味悪がることもしないで、よくしてくれました」
さぁ、と風が吹く。
その風に導かれたように、エージュは笑みを浮かべた。
「だから、俺はソエルや教官と一緒に仕事をしたいんです。そして、こんな俺でも受け入れてくれる世界を、守りたいなって……理由は分からないけど、すごく強く、思うんです」
迷いなどない、晴れ晴れした表情でエージュは応えた。
アルトは目頭が熱くなって、そっか、と小さく答えると顔を伏せる。
世界は残酷で、それでもやはり、美しい。
◇◇◇
私は一人きりだった。
私は、たった一人で、世界と戦い続けてきた。
そんな私の元に、一人の存在がもたらされた。
それが、ロゼ。ロゼが教えてくれたのは、孤独だった自分と、孤独でなくなった自分。
そして、愛情と憎悪。
私は、等しく全ての世界を作り上げて、壊してきた。
それが仕事だったから。
けれど、本当はもっと生きていて欲しかった世界もたくさんあった。
でも、私の作った世界は、周囲を食い荒らす世界ばかりが、生き残った。
醜悪な世界。私の中にあった、汚い部分だとすぐに気づいた。
世界は、私の心を映す鏡のようなものだから。
希望を撒いているつもりでも、私の中には確かに絶望もあったのだ。
希望は、絶望よりも弱い炎だからすぐに吹き消されてしまう。
だから、希望の種をいくら撒いても育つのは絶望に侵食され、花開くことはなかった。
だから、私は眠ることにした。
私が絶望を抱えて深く眠る。そして、代わりに私にとって希望だったものを残した。
一人では、世界は支えきれない。
だから、私の力を分け与えて、一緒に世界を守ってほしい。
表と裏から。
核と殻を。
それが、私の欲しかったもの。私の夢。
夢は、眠っている間に見られる奇跡だ。
だから、私は眠る。
私の希望で、世界が輝いていく夢を見るために。
そしていつか、こんなに穢れた私の心にさえ届く、希望となるように。
だから私は『希望』と引き換えに、眠りについた。
次の目覚めがいつともわからない、深い深い眠りへと。
長い長い時間が流れた。
悲しみは降り積もるばかりだった。
誰も、私の悲しみの意味を理解してくれないままに。
何度も何度も、拒絶され続けて、私も自暴自棄だった。
誰の救いも、信じられなくなっていった。
今回もきっと、そうだと思った。
でも、目覚めた私に、王はその手を差し伸べた。
殺戮の欲求と憎悪、寂寞だけを募らせた醜いなれの果ての、私に。
かつて憧れた陽だまりのような。
そんな温かさを届ける笑みを浮かべて、私の手を取る。
――さぁ、一緒に世界を見に行こう。
果てのある世界でも、時計の針が回り続ける限り。
『明日もまた、貴方に会える』
循環世界は彼方に夢を見るか? 終幕