第四話 命の始まり
燃え盛る炎が、視界を深紅に染める。
何度も何度も繰り返し見てきた夢だ。
怨嗟と狂気が踊り狂う炎の中で、私は茫然と座り込んでいた。
悲しみより戸惑いが先行して、痛みより恐怖が浸透する。
何度も見るこの夢の始まりは、いつもこの炎の海の中。
そして夢の終わりは、いつだって……差し出される手を取った瞬間。
「ごめんなさい……」
この夢の意味を知っているのは私だけ。
いつまでも、この夢を見続けるのも私だけ。
「本当に、ごめんなさい……」
見上げた視界で、炎とは違う赤に染まった姿が手を差し伸べていた。
その姿に、私はいつも謝罪の言葉しか紡げない。
様々な想いが複雑に練りこまれたがゆえに、それしか言えない自分がいる。
差し伸べられた手に、すがるように私は手を重ねる。
握りしめた手は、冷たい。
「……もう、独りにはしないから」
そう言葉とともに向けられた笑顔は、変わらない。
――たとえ、夢から覚めたとしても。
◇◇◇
一つ深呼吸をしてから、ソエルは控えめに扉をノックする。
返答は、予想通りない。
それでも、返答を待つつもりは、ソエルにはなかった。
「入るよー……?」
そっとノブを回して扉を開ける。
奥にベッドとクローゼットがあるだけの、簡素な作りの一人部屋。寮部屋の作りはどこでも同じだ。
隙間から滑り込むように部屋に入り、後ろ手に扉を閉めて、ソエルはきゅ、と拳と握る。
ベッドの傍らで椅子に座った、ヴェロスの背中が見えた。
ヴェロスの付き添うベッドでは、苦悶の表情を浮かべたままのライレイが横になっている。
「様子、どう?」
黙って、ヴェロスは首を振った。
そう、と小さく返してソエルはヴェロスの背中に歩み寄る。
ヴェロスは沈んだ表情で、ライレイの手を握りしめていた。
その手は、微かに震えているようだった。
ヴェロスのそんな様子に、ソエルは強張っていた心がするりと解ける。
「……ヴェロスはライレイが、凄く大切なんだね」
ヴェロスは小さく頷いて、視線を上げた。
つい、とソエルに視線を向けて、ヴェロスは重い口を開く。
「俺が守らなきゃいけないんだ。その為に、俺もライレイも全て捨てたんだから。……ライレイは、そのことを、引け目に感じてるみたいだけどな……」
「全てを、捨てた……の?」
「そんなに多くないけどさ。……自分たちが生きてきた環境をぶち壊した」
その言葉には確かな憎悪が潜んでいた。
背筋が寒くなるような憎悪に触れて、ソエルは微かに目を伏せて、言葉を探す。
踏み込んでいい問題ではないのは、分かっていた。
だが、放っておけないという思いも確かにくすぶっている。
しかし、ソエルが言葉を探し当てる前に、ヴェロスが続けた。
「だけど、結局守れなかった」
目元を微かに歪めて、唇を噛み締めたヴェロスに、ソエルはハッと顔を上げる。
「そ、そんな事ないよっ! 一緒に考えよ? ね?」
「……お前、ほんとお人好しだな」
苦笑交じりに、ヴェロスが言った。
ソエルはその様子に、ほっとして小さく笑う。
「良かった。ヴェロスまだ、笑える余裕があるね!」
ソエルの言葉にヴェロスは不思議そうに首を傾げる。
「本当にきついと笑えないんだよ。それがどんなに些細なことでも。だから、ヴェロスは大丈夫だし……ライレイも、大丈夫だよ」
「どんな理論だよ……」
「変えられる未来があるって、分かってるってこと。希望がなければ、笑うことなんて、出来ないよ」
少なくとも、ソエルはそれを知っている。
笑えるという事は……前向きな変化なのだから。
ヴェロスはライレイに視線を戻し、小さく頷いた。
「そーかも、な。俺は…自分でも気付かないうちに、お前らに気を許してたんだな」
「だったら、嬉しいなって思って来たんだ」
「え?」
思わぬ返答だったらしく、ヴェロスが目を見張った。
突っぱねるでもなく、微かな期待をその行動に感じて。
それが少し嬉しくて、ソエルはウインクをして見せた。
「ホムンクルスについて、今エージュが色々手を使って調べてくれてるところ。普段は逆なんだけどね。エージュって口下手だから」
「調べるって、……見つかるわけ」
「ライレイ、自分でいろいろ調べてたんでしょう? それは、ライレイが生きたいって願ってたからで……それはヴェロスのためだと思うよ。……諦めるなんて残酷なこと言うなぁ」
ヴェロスは面喰ったような表情を浮かべる。
そんな顔もできるんだ、とソエルは苦笑した。
頑なだったヴェロスの心に、少し届いた気がする。
それはソエルにとって、嬉しい変化だ。
「ヴェロス、何か当てはないの? ホムンクルス製造法って禁術だから、蔵書にも限界があって困ってるの」
「……なくは、ない。……そうだな。いつまでも、目を背けてても、何の意味もないもんな」
最後はほとんど独り言状態で。
ただ、ソエルにはひどく痛々しく聞こえた。
「……ごめんな、ライレイ。ちょっと、行ってくる」
握っていたライレイの手から、ヴェロスは手を離す。
そして表情を引き締めるとヴェロスは、立ち上がり、ソエルに向き直った。
「悪いが、付き合って欲しいところがある。……あいつも……エージュも一緒に」
「もちろん。あ、その前に待って」
ソエルはポケットに手を突っ込み、エージュから預かっていたソルナトーンを取り出した。
「それは……ソルナトーン、か?」
頷いて、ソエルはライレイの枕元へライレイの枕元に手を伸ばす。
そっと置かれた翠の球体は、優しい光を纏っていた。
「不良魔力を回収できるんだって。これで少しは良くなるかもしれないから」
ホムンクルスであるというライレイの傍に置いていいのかは、正直自信はない。
だが何もしないでは、居られなかった。
ソエルは蒼白な顔で眠っているライレイへ、微笑んだ。
「……ライレイ、頑張って。必ず助けるからね」
そっと囁いて、ソエルはヴェロスへ視線を戻した。
緊張を纏うヴェロスに、努めて明るい笑みを見せて、ソエルは問いかける。
それが、自分の役目なのだから。
「さぁ、じゃあ行こっかヴェロス。どこに行くの?」
「……俺たちが全てを壊した場所に。……ライレイが生まれた製造プラント。そこにはきっと、製造法の原本があるはずだ」
その原本こそが、禁術指定を受けた『本物』ならば……ライレイを救う手立ては、ある。
ソエルは静かに頷いて、エージュに連絡を取るべく、通信端末を取り出した。
◇◇◇
――三十分ほど時間を遡る。
その頃、エージュは図書館にいた。
ミウに協力をしてもらいながらホムンクルスに関して調べるためだ。
だが状況は芳しくない。
「全然ないじゃないの。どーすんのよ」
ぶすっとした表情で、ミウがぼやく。
本棚を眺めては手に取りページをめくるエージュの背に、ミウは度々文句を放っていた。
やれやれと思いつつ、エージュはぱたりと本を閉じ、ミウを肩越しに振り返る。
「そもそもが禁術なんだ。簡単には見つからない」
一時間探して、ホムンクルスについて記載されていた文献はたった二冊だけ。
しかも名称だけで、詳細は一切なかった。詳細については、まだエージュでは届かないレベルなのだろう。
焦りが、募る。
「ねぇ、あんたはどう思ってるの?」
「何が」
棚に本を戻し、別の物を探して視線を走らせながら、エージュは返す。
ミウはひょいっと無造作に本を手に取って、エージュの眼前に突きつける。探しているものとは全く関係のない、四大元素の魔法書だった。
眉根を寄せてエージュがミウを見やると、不敵な笑みを浮かべていた。どうやら、気を引きたかったようだ。
「禁術指定を管理局がすることについて、よ」
「は……?」
ミウの問いかけの意味が分からなかった。
ホムンクルスの事について調べるのに、何故その話が出るのか、エージュには理解できない。
「禁術ってね、その世界では別に禁止されてないのよ。知ってた?」
……知らなかった。沈黙で答えたエージュにミウは肩をすくめる。
「知っててよ。まぁ、それはいいわ。禁止魔法技術は、あくまで監査官に対する規制事項。その技術をむやみやたらに広めるには危険なものを規制する、それが禁術指定ってわけね」
「なら、元の世界に戻れば簡単って話か?」
「何言ってんの。ホムンクルスなんてそこらじゅうにいるわよ?」
呆れた様子で、ミウは言う。
しかしエージュにはその答えは衝撃でしかなかった。ホムンクルスが周囲に当たり前に存在するなど、聞いたことがない。
「なら、どうして禁術なんだ?」
蔓延防止が目的なら、真偽はともかくとして大勢いるのであれば隠せてはいないだろう。
他の世界でも製造技術が生まれているならなおの事、禁止する意味はない。
ミウはくすくすと笑って、昏い笑みを見せる。
「特別なホムンクルスだから、って考えるのが普通よね」
「特別……?」
「ホムンクルスは、通常主のためだけに存在するモノなのよ。それは創造の方法からも明らかでしょ? 創造主が願う姿で創造主の願いのために、主の魔力で生まれるんだから」
「じゃあライレイの主は、誰なんだ? ヴェロス、ってことか?」
「それは、分からないわ。でも、あの子が本当にホムンクルスであるなら、その枠をはみ出してる。ホムンクルスはね、あくまで魔力の塊……明確な核が存在しない」
「!」
愕然とした。存在様式が違うことは、ファゼットも言っていた。
だが、本当の明確な違いをミウに突きつけられる。
ほとんどの生命体は『核(コア)』と『殻(シェル)』からなる。核は魂、殻は肉体と言っていい。
魂は、ヒトの手では作り出せない。それは全ての世界に共通する。魂を生成できるのは、王かあるいは世界そのものだ。
そして魂は、いうなればその存在の生き様そのもの。感情の原点だ。
それが人と物の違いなのだから。
エージュの絶句を無知と判断したのか、ミウは言う。
「いい? 魂がない所謂『ホムンクルス』は自我がないの。記憶も、会話も可能だけれど、主のためという以外の自己判断はできない。自己の存在についてなんて、考えることは有り得ない」
エージュは息をのんだ。
そう……ライレイの行動は、おかしかったのだ。
ホムンクルスについて一番調べていたのは、ライレイで。
自分が生きるためだとしても、ホムンクルスの存在様式を考えればそれは有り得ない。
ミウはそんなエージュの困惑を知ってか知らずか、肩をすくめて微笑んだ。
「さて、あの子は、いったい本当は何者なのかしらね?」
◇◇◇
そうして……――今に、至るわけだが。
「どうしたの? エージュ、考え事?」
声をかけたソエルに、エージュは何でもない、と首を振る。
現在、ソエルとヴェロスと合流したエージュは本部の転送室にいた。
ヴェロスたちの故郷である世界へ転送するためにここまで来たのだ。端末を操作し、座標を固定していたヴェロスの背中を見つめながら、エージュは一人思考する。
本当に、ライレイはホムンクルスなのか……と。
嘘をついている、とは思いたくない。だが、情報が噛み合わない。
ミウの与えてくれたヒントがぐるぐると頭を回る。ミウがくれた情報が間違っているのであれば、何の問題もない。だが、ミウがそんな事をして利益があるわけもない。
たん、と確定キーを押し、ヴェロスが振り返った。
「準備が出来た。……行くか」
ヴェロスの言葉に、ソエルとエージュがそれぞれ頷く。
(今はそれを悩んでる場合じゃない)
少なくとも、ライレイを救えるのであれば、問題はない。真実は後で突き詰めればいいのだ。重要なのは…その命を、救えるかどうかで。
足元の魔法陣が発動し、それぞれの想いを乗せながらヴェロスたちの故郷へと転送された。
◇◇◇
転送先にあったのは、無残な姿を晒した廃墟だった。周囲は深い森に囲まれて、人気などまるでない。
「な、に? これ……」
息を飲み、ソエルが尋ねる。ヴェロスが一歩踏み出し、廃墟を見上げる。
「言ったろ。……俺たちが全てを壊した場所だって。俺も、ライレイも……ここで育ったんだ」
二階建ての、鉄骨の建物だった。
窓は全て割れて雨風が吹き込んだ形跡は明らかだった。火事でもあったのか、壁が黒く焦げ付いている場所もある。
最早誰の目に届くこともない、ただ朽ちてくだけの建物だった。
ヴェロスは無言で、歩き出す。
「……行くぞ」
茫然と立ちすくむソエルに声をかけ、エージュはヴェロスの背を追いかける。
「わ、ま、待って」
我に返ったソエルが慌てて追いすがり、廃墟へと足を踏み入れる。
中に入ると、照明もない暗い廊下が奥へと延びている。土埃に交じって、微かに腐臭がした。
何か野生の動物が住処にしているのだろう。人の気配は、しない。ソエルが背中を掴む感覚が伝わったが、エージュは振り返ることはせず、ただ受容する。
ゆっくりとしたペースで先へ進むヴェロスを追いかけながら、視線を巡らせた。
天井には古びた蜘蛛の巣や、それに引っかかった虫の死骸。
時折行く手を阻む蜘蛛の巣を、ヴェロスが無言で退けていく。
「魔法の研究をしてた、風には見えないな」
問いも含めた言葉を紡ぎながら、エージュは視線を巡らせる。
足音が響く廊下の左右に、外からの光だけで照らされる部屋をいくつか通り過ぎた。
どの部屋も、ガラス片が床に散らばり、机上には埃をかぶったフラスコやシリンジが転がっている。
魔法、というには随分科学的な実験の道具が多い。
「もともとは、生体研究所だったんだ」
ヴェロスは答えて、ふと一室へ足を踏み入れる。
エージュも無言のままのソエルを連れて研究室だったであろう一室へ踏み込んだ。
じゃり、と靴底が風化したガラス片を踏みつける。
「細かいことは、俺には分からないけど。……ライレイは、ここで生まれたんだ」
実験台らしき机に歩み寄りながらヴェロスはそう零す。
エージュは自身の指先がぴくりと反応したのを自覚した。
ライレイが、生まれた場所。
(本当に、そうなのか?)
悲しいことに、疑問ばかりが鎌首をもたげる。
疑うなんて、何の意味もなく、寂しい事ばかりが過ってしまう。
「資料は、燃やしたのか? その、逃げ出したんだろ? 破壊して」
疑問を振り払うべく、エージュはヴェロスへと問いかける。
ヴェロスは机上に雨風にさらされ、土に汚れた試験管を手に取っていた。
エージュの質問に対し、そっと試験管を置くヴェロス。
緊張からか、ヴェロスの言葉が紡がれるまでの時間が、長く感じる。
「よく、覚えてない。でも、出来るだけ破壊したのは確かだ。だから、ない可能性も高い。だけど……」
「希望は捨てない、だよね」
沈黙していたソエルが言い、ヴェロスは深く頷いた。
励ましているのとは違う。恐らくは、ソエルは自分自身に言い聞かせているのだ。
でなければ、今も背中を掴んでいるわけがない。
「ここは、研究室でも実験してただけだ。データとかは、ここにはないはず」
「じゃあ、もっと奥……か?」
多分な、と答えヴェロスは部屋から出るとさらに奥へと歩を進めた。
エージュはソエルと共にそれに黙ってついていく。
破壊された部屋の数々。破壊した人間の憎悪がそこにはある。
ヴェロスとライレイにとってこの場所は、忌み嫌う場所でしかないのだろう。
「どうしてヴェロスはこの場所を知ったんだ?」
「さぁ……覚えてない」
「えっ……?」
微かに声を漏らしたソエル。エージュも、口をつぐんでしまう。
その答えに、ソエルはついに違和感を覚えたらしく、背中を引く力が強くなった。
否定できる言葉もないエージュは、黙ってヴェロスに続くしか、出来ない。
「……ああ、ここだったと思う」
やがて、ヴェロスは扉の前で足を止めた。
扉には錆びたプレートがかかっており、辛うじて研究処理室、と読める。
「ここにデータが集積されてたはずだ。俺も入ったことがない」
「データは……」
「紙媒体。燃やし尽くしてたら、自分を呪うよ」
肩を落としながらヴェロスは扉のノブに手を伸ばす。
錆びついたノブを回すと、金属が嫌な音を立てて、廻った。
――きぃ、と闇に包まれた部屋の扉が開かれる。
かび臭い部屋だった。淀んだ空気が漏れ出すが、室内は暗い。
辛うじて見える程度の暗さだ。
あまり、視界が良いとは言えない。
「本棚……残ってるね」
「ああ。……良かった、これなら探せるな」
ほっとした様子のヴェロスに、エージュとソエルも流石に安堵する。
専門的に研究していた場所ならいくらでもデータはあるだろう。これで可能性が出てきた。
希望を取り戻した様子で、ソエルはエージュを掴んでいた手を離し、いつも通りの調子で口を開く。
「そもそも、ライレイがどうして今あんな状態なのかからスタートだよね」
「淀んだ魔力が肉体構成に支障をきたしてるんだろうな。ホムンクルスにとって魔力は人間でいう血液と一緒だから」
「そうだね。じゃあ、構成がどうなってるのか探せばいいよね」
うん、と頷いてソエルはファイルが詰まった書棚へ足を向ける。近づかないと見えないようで、書棚へ顔を近づけるソエル。
エージュも傍の書棚を確認してみると、背表紙には番号しか書かれていなかった。
どうやら、開かないと内容が分からないようだ。
「俺はこっちから探す」
そう言い残して、ヴェロスは右奥の方へと消えていった。
ソエルはすでにファイルと手に取って、中身を確認していた。
エージュは二人とは別の書棚を探すべく、左方向へ足を向けた。
入口から左右に分かれて、横に広い室内。埃はたまっているが、破損や焼跡は見当たらない。
ここは、被害がない。逆に、不気味だった。
緊張感に喉が張り付きそうなのを、唾を飲み込んで堪え、エージュは奥を目指す。壁に突き当たり、右へ方向転換。
その奥には、一つのデスクがぽつんと存在した。ファイルが積まれて、埋没した机に歩み寄ると、机上にはペンが転がり、そこにかつて誰かが居たことがわかる。
「……?」
ふと視界の隅に引っかかったのは、ファイルに埋もれた写真立てだった。倒れて、支柱の足だけが見える。
「そういえば、研究者って帰りが遅かったりするからよく写真置いてるよな」
納得しながら、エージュは何の気なしに、かたりと写真立てを起こす。
「……え?」
微かな光源に照らされた、写真。
写真には二人の人間が映っていた。
(どういう、……ことだ?)
そこには、二人の子供が映っていた。
伏せていたおかげで、色褪せていない写真に写る、その存在。
緋色の瞳をした少女と、黒髪の少年。
間違いない。ライレイとヴェロスだった。
ホムンクルスは魔力で構成される。人と違って、成長するはずがない。
だが、写真に写るのが本当に二人なら、おかしい。
ホムンクルスであるというライレイの存在定義が、覆る。
この写真をヴェロスに確認してもらえばすべてがはっきりするはずだ。
もしかしたら、ライレイがミウの言っていた『特別な』ホムンクルスであるなら、成長するという特性を持ったホムンクルスである可能性だって十分にある。
いずれにせよ、事実確認は、必要だ。
そっと写真立てに手を伸ばす。
「……エージュ」
「っ!?」
不意の声に、ばっと振り返る。そこには、ソエルが神妙な顔をして立っていた。ほっと胸を撫で下ろすと同時に、ソエルの様子が不安をあおる。
「どうか、したのか? ソエル」
「これ、見て」
ソエルは手にしていたファイルを開き、示す。
理解できない数字の羅列と、何かのデータらしき表が乗ったページ。その表の最後から、文章がつづられていた。
「どう思う?」
エージュはじっと文章に目を通す。紙自体が劣化してはいるが、問題なく読める。
――試作二五八号、活動限界時間予測四年三ヶ月。大幅な改善と考えられる。今回のレシピが一番再現性の高いものと報告。残る課題は固着である。
ホムンクルスの……報告書だろう。
「これ、大体私達と同じくらいの年頃の人を再現しようとしてるみたいなんだ。それって……ファゼットさんから聞いたのと違うよね?」
ホムンクルスの寿命は、その大きさに比例する。人間なら、人間の寿命を全う出来るだけの能力はあるとファゼットは言っていた。
そのルールで考えれば、妙だ。
「そうだな……四年だなんて、短すぎる。そもそも、固着って……何を固定してるんだ?」
「それが……魂、みたいなんだよね」
「は……?」
「それに、問題はそれだけじゃないんだ」
言って、ソエルがぺらぺらとページを送る。
やがてあるページで手を止め、ソエルは指で一点を示す。
「ここ、見て」
サインがあった。印字ではない、完全な手書きのサイン。
――報告責任者 ライレイ・エルド・ジャロス
確かに、そこにはいるはずのない名前が記されていた。