序章 白の帰宅
一翔(かずと)が久しぶりに再会した父は、白い桐箱に収まるほどに小さくなっていた。
母・芳江(よしえ)の手が、ぎゅっと一翔の手を握り締める。
震えている芳江の手。
そっと顔を上げると、白いハンカチを口に当てて、しかし涙だけは零さない母の姿が見えた。
凛と、気丈に。
正面に視線を戻すと、ピンと背筋を伸ばした男。
一翔の知らない男だ。
一見すると紺色のただのスーツにしか見えない制服。父の仕事着と同じだ。
肩に光る銀色は、一翔の目に眩しく映る。
口を引き結んだその顔も、どこか痛みに満ちていた。
「……早坂は、正しいことをしたのでしょうか」
問いかけた芳江の声に、男は一瞬だけ、目を痛ましげに細める。
しかし、すぐに真顔へシフトし、ゆっくりと頷いた。
「私は、早坂1尉の行動は間違っていないと、信じています」
「……そうですか」
納得とも、落胆とも違う。ただ、受け入れただけの母の声。
幼い一翔でも、分かっていた。
父はもう、戻ってこない。
だから、母を守るのは自分だと。
一翔はぎゅっと芳江の手を握り返し、目の前に立つ制服の男を見つめる。
男が敬礼し、黙って頭を下げた芳江。
そして、踵を返し、去って行く男を見つめながら、一翔は呟いた。
「おれ、おとうさんの代わりに、おかあさんをまもる」
芳江は、何も言わずに、そっと一翔の肩を抱き寄せる。
それは一翔を褒めているわけでも、止めるわけでもなく。
だが、それでも一翔は眉間に力を込めて、声を絞り出す。
「それから、おとうさんの代わりに、おれが空をとぶんだ」
父の抱いていたかつての夢を、一翔は引き継ぐと決めたのだ。
西暦二〇七〇年、一翔が七歳を数えたとき、追いかける父の背中は、白い桐箱の中にしか存在しなくなった。
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